ドイツが力を入れる生物多様性の回復と観光との結びつきとは

ドイツでは、生物多様性の回復と観光を相互に結びつける動きが活発化しています。自然の再生プロセスやその成果を観光体験として取り入れることで、環境保全と地域振興を両立させる試みが進められています。
ドイツ政府は、2007年12月に「国家生物多様性戦略(National Strategy on Biological Diversity)」を策定し、2030年までに生物多様性の損失を止め、2050年までに健全な生態系を回復し、社会、経済の基盤にすることを目標に掲げています。この戦略は、国連の「生物多様性条約(CBD)」に基づく国内行動計画であり、約330項目にも及ぶ行動目標を掲げています。
具体的にどのような活動が実施されているのでしょうか?以下に、実例を挙げて紹介していきたいと思います。
都市の自然を回復、保全するための協定「Urban Nature Pact」
「Urban Nature Pact」 とは、ベルリン州政府の環境・交通・気候保全局(UVK)と、ICLEI Europe、German Federal Agency for Nature Conservation(BfN)などが協働し、都市レベルで生物多様性保全を本格化させるため、2022年に発足しました。この協定は、都市部の生物多様性の損失を止め、回復させることを目指す国際的なイニシアティブで、世界90以上の都市が関与しています。
2030年までに世界中の都市において、人々と地球の利益のために、生物多様性の損失を食い止め、回復させることを目指しており、同じ目標を掲げる「昆明・モントリオール生物多様性枠組み(Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework, GBF)」と連携しています。主に、生息地の回復支援、緑地、水辺空間の質、連結性、アクセスの向上、自然に基づく解決策の推進などを通じて実現を目指しています。

「Urban Nature Pact」には、以下の7つのターゲット領域と28のスマート目標が設けられており、署名都市は少なくとも15の目標を選び、実施する約束が定められています。
・教育・自然体験
・種・生息地
・共存
・緑のインフラ/生態系
・青のインフラ/水管理
・土壌の健康
・食と農業
今年の10月8日〜10日には、初となる年次イベントがベルリンで開催されました。本イベントは、都市空間を生物多様性、気候変動への耐性、コミュニティの幸福が息づく拠点へと変革することを誓約した都市の政治指導者、都市実務者、都市自然専門家が一堂に集まり、様々なプログラムが実施されます。「政治リーダーによる対話」「技術・実践セッション」「現地視察(都市自然・グリーン/ブルーインフラ)ツアー」などを含む3日間の構成になっています。
自然環境保護団体WWFと非営利団体Futourisによるプロジェクト
2009年に設立された「Futouris」は、ハンブルクに本部を構える観光業における持続可能性を推進することを目的とした非営利団体です。旅行会社、クルーズ会社、宿泊事業などの企業が多数参加しており、観光産業における実践モデルやパイロットプロジェクトを実施しています。
自然環境保護団体「WWFドイツ」やコンサルティング企業と協働し、観光価値連鎖(ツーリズム・バリューチェーン)における生物多様性保全戦略と実践ツールキットを開発するプロジェクトを進めています。このプロジェクトは、企業自ら、旅客、目的地、宿泊、移動を分析し、生物多様性保全に向けた戦略を立てて実施するという内容となっており、例えば、ウッカーマルク地域では、観光客や市民が参加型の「生物多様性と観光」プロジェクトを実施しています。
ウッカーマルク地域の生物多様性を高めるためにパイロット的に支援すると同時に、生物多様性というテーマに対する訪問者の意識を高めることを目的としています。
既存の植物識別アプリを活用し、観光客や市民が自ら積極的に関わり、自分たちの周囲にある植物の世界を探求し、科学的な課題に貢献できるようにすることが意図されています。関係者約20名を招いたアイデア・ワークショップも開催されています。
地域変革を通じた生物多様性回復モデル

ドイツ東部のラウジッツ湖水地方(ルサチア湖水地方)は、かつて褐炭の露天採掘で荒廃した土地を、長年にわたる再生プロジェクトによって蘇らせた地域です。現在ではヨーロッパ最大規模となる13の人工湖が広がり、炭鉱跡地から生まれたこの新たな水郷地帯は、エコツーリズムの象徴として注目を集めています。
展望塔「ラスティ・ネイル」からは、チェコとの国境や風力発電の風車群、緑に囲まれた湖の美しい景観を一望できます。全長約480キロメートルにおよぶサイクリングルートが整備され、サイクリング、釣り、ダイビング、乗馬など、多様なアクティビティを楽しむことができます。
また、手つかずの自然が残るビーチでは、オオカミやヤツガシラといった野生動物、トクサなどの在来植物が戻り、生物多様性の回復が進んでいます。さらに、この湖群は水の貯蔵庫としての機能も持ち、雨期には水を蓄え、乾期には放出することで、ベルリンなど都市部への水供給を安定化させています。
かつての採掘地が、いまでは人と自然が共生する静かな憩いの地へと生まれ変わり、気候変動対策と地域再生の成功例として高く評価されています。
観光業界で最も伝統のある賞「EcoTrophea」
「EcoTrophea」は、1987年にドイツ旅行業協会(Deutscher Reiseverband, DRV)によって創設された、観光業における持続可能性の推進に顕著な成果を上げた国内外のプロジェクトを表彰する環境賞です。2025年度のテーマは「生物多様性(Biodiversität)/観光における生物多様性の保全」。
生息地と生物多様性の喪失は深刻な地球規模の課題であり、観光業界はその影響を与える立場であると同時に、繊細な生態系を守る重要なパートナーとしての責任も負っています。こうした背景のもと、「EcoTrophea 2025」では、生物多様性を促進・維持するための実践的なプロジェクトや取り組みを募集しています。

生物多様性とは、地球上の生命の多様性を意味し、種の多様性、遺伝的多様性、生態系の多様性を含みます。森林、海洋、草原など多様な生息地に支えられたこの多様性は、健全な生態系、きれいな空気と水、肥沃な土壌をもたらし、観光業の基盤ともなっています。
しかし現在、環境破壊や気候変動、自然生息地の喪失によって、生物多様性は危機にさらされています。そのため、生物多様性の保全は人間社会の持続可能性と直結する最重要課題とされています。
「EcoTrophea」では、以下のような取り組みが対象となります:
・自然生息地の保護・回復に関する実践的な対策
・生態系に配慮した観光地での持続可能な訪問者管理の構築
・地域コミュニティと連携し、地域固有の生物多様性を高める活動
・旅行者に生物多様性への理解と意識を促す教育的・革新的なアプローチ
2025年の「EcoTrophea」は、ルーマニアの長距離ハイキング・トレイル「ヴィア・トランシルヴァニカ(Via Transilvanica)」が受賞しました。全長1,400〜1,600kmに及ぶこのルートは、多様な生態系と文化的地域を横断しながら、生物多様性の豊かな自然環境を観光資源として持続的に活用している点が高く評価されました。
「ヴィア・トランシルヴァニカ」は、ルーマニア初の連続した長距離ハイキングコースで、カルパティア山脈、ブコヴィナ、バナト山脈を貫き、400以上の町と20の民族コミュニティをつないでいます。ルート上には、鬱蒼とした森や高地の牧草地、生物多様性に富む川沿いの谷など、驚くほど多様な自然環境が広がり、クマ、オオカミ、オオヤマネコなどの野生動物や、カルパティア山脈固有の植物種が生息しています。

このトレイルは、ハイカーに生物多様性を直接体験させることで、観光を通じた自然保全の意識を高め、地域の生息地の保護を促進しています。ハイカーが歩く一歩一歩が、ヨーロッパで最後に残る大規模な原生地域のひとつを守る行動となっています。
最後に
環境破壊や気候変動によって、生物多様性が危機にさらされていることは周知の事実であり、生物多様性を保全し、回復することが最優先課題であると考えます。美しい自然が再生された地域が観光スポットになることは必然かもしれません。しかし、人間の手によって自然が破壊され、気候が変動していることを忘れてはいけません。生物多様性と観光を結びつけることは地域活性化にも繋がり、地域住民にもメリットが生まれるとともに、持続可能な方法で永続的に生物多様性を守っていくことが私たち人間の使命ではないでしょうか。


