北海道オーバーツーリズムの現状と対策|美瑛・ニセコ・小樽の深刻化する問題と先進的解決策

これら急激な観光客集中が交通渋滞や農地侵入、住民生活への支障を生み出し、「オーバーツーリズム」として深刻な社会問題化しています。
本記事では、観光事業者やサステナビリティ担当者に向けて、北海道各地の最新事例と先進的な対策を詳しく解説します。
北海道オーバーツーリズムの現状|深刻化する問題

観光客の急増により、北海道では受け入れ能力を超える地域が出ています。特に美瑛町、ニセコ町、小樽市では、住民生活や農業など基幹産業への影響が深刻化し、持続可能な観光地づくりが急務となっています。
オーバーツーリズムとは?定義と北海道での特徴
オーバーツーリズムとは、特定の観光地に観光客が過度に集中することで、地域社会や環境に悪影響を及ぼす現象です。日本語では「観光公害」とも呼ばれ、地域住民の日常生活への支障、環境破壊、文化遺産の損傷などを引き起こしています。
北海道では、東アジア系大型バスツアーによる特定地域への極端な集中が特徴的です。
また、農業地域での観光とのトラブルという他県にはない独自の問題を抱えています。
北海道の観光客数増加の背景|インバウンド回復と集中化
2024年度の北海道運輸局の統計によると、訪日外国人延べ宿泊者数は892.5万人泊で、全体の約20.1%を占めています。2023年度(673.3万人泊)から2024年度(892.5万人泊)にかけて、外国人延べ宿泊者数は約32.6%増加しました。
特に外国人宿泊客は道央圏に集中しており、この偏在が交通渋滞や住民生活への負荷を招いています。[4]
主な問題地域の概観|美瑛、ニセコ、小樽
北海道で最も深刻なオーバーツーリズム問題を抱える3つの地域を概観します。
伐採の背景には、路上駐車や無断立ち入りで生活道路が通行困難になり、危険が増した点があります。加えて、白樺が畑の日照を遮り、農作物の生育に影響を及ぼす懸念も重なりました。住民の要請を受け、町は安全確保と農業保護のため並木を撤去する判断を下しました。
北海道各地のオーバーツーリズムの事例紹介
北海道の各地域では、それぞれ異なる要因でオーバーツーリズムが発生し、独自の対策を講じています。美瑛町では農業景観、ニセコ町では世界有数の雪質、小樽市では映画ロケ地というそれぞれの魅力が、予想を超える観光客を呼び込み、地域住民の生活に深刻な影響を与えています。ここでは、3つの地域の具体的な事例と対策を詳しく見ていきます。
美瑛町のオーバーツーリズム事例

美瑛町に観光客が集中する大きな理由は、SNSで拡散された美しい自然景観です。年間約238万人が訪れる観光地となりました。
波状丘陵の農村風景や、Apple社のデスクトップにも採用された「白金青い池」。近年ではシンボル的な「クリスマスツリーの木」「セブンスターの木」などが韓国などで“映える”スポットとして紹介されました。

最も深刻な問題は、特定観光スポットでの混雑・交通渋滞と観光客のマナー違反です。セブンスターの木では同一時間帯にバス6〜7台が路上駐車し、近隣農家の作業に支障をきたしています。
白金青い池ではトイレ待ちで100人ほどの行列が発生し、駐車場待ちの車両が周辺道路に列をなす状況です。また、私有地である農地への無断立ち入りや、道路の真ん中での写真撮影により住民生活に直接的な影響が生じています。
こうした課題に対応するため、美瑛町は「美瑛町オーバーツーリズム対策協議会」を設立し、以下の5つの対策を実施しました。
- セブンスターの木駐車場を改修し、バス駐車台数を4台から10台に増設
- クリスマスツリーの木周辺に警備員を配置し、違法駐車やマナー違反を抑止
- 白金青い池にトイレを増設し、利用者の待ち時間を緩和
- 観光マナーを表示するデジタルサイネージを3か所に設置
- 混雑状況を可視化するカメラ増設のための調査を実施
これらの施策は、交通渋滞の緩和と観光マナー啓発の両面から対策を進める取り組みです。
ニセコ町のオーバーツーリズム事例

観光客がニセコに集中する理由は、上質なパウダースノーと雄大なニセコ連峰という圧倒的な魅力にあります。
特に冬季と夏季の差が大きく、延べ宿泊者数の比率は「冬10:夏4」となっています。

ニセコエリアでは観光客急増により、次の3つの課題が深刻化しています。
- 冬季のタクシー不足
- リゾートエリアでの交通渋滞
- 観光マナーの悪化
冬季には飲酒を伴う食事後にタクシーが捕まらず、帰宅困難になる観光客が続出。その一方で、地域住民の通院や買い物にも影響が出ています。ニセコひらふ地区では約2kmの渋滞が発生し、宿泊施設数に比べて飲食店が少ないため「夕食難民」も生じています。また、バスやタクシー乗り場、キッチンカー周辺での滞留によって、ごみのポイ捨てや落書きなどのマナー問題も目立っています。
隣接する倶知安町では、交通やマナー改善のため次の施策を導入しました。
- ニセコモデル(タクシー増強)
- ひらふ無料シャトルバスの運行
- スマートごみ箱の設置
小樽市のオーバーツーリズム事例

また、映画「Love Letter」のロケ地として船見坂が中国や韓国の観光客に人気の撮影スポットとなったことが大きな要因となっています。
最も深刻な問題は、観光客による生命を脅かすマナー違反の発生です。2025年1月には朝里駅近くで写真撮影のために線路内に立ち入った中国人観光客が列車にはねられ死亡する事故が発生しました。
船見坂では車道中央での写真撮影や私有地への侵入が常態化し、地域住民からは「ゴミは捨てていくし、勝手に入ってくる」という苦情が寄せられています。さらに、路線バスが観光客で満員となり、市民が乗車できない事態も発生しています。[6]

対策として小樽市は、船見坂に警備員を配置し朝里駅や銭函駅など市内3か所に警備体制を構築しました。また、地元の若者グループ「オタルネクスト100実行委員会」約150人が忍者に扮したマナー啓発動画をSNS向けに制作。「DO NOT ENTER!私有地に入らないで!住民が困ってるでござる」というメッセージで外国人観光客への注意喚起を行っています。
この創意工夫を凝らした取り組みは第10弾まで展開予定で、楽しみながらマナーを伝える新しいアプローチとして注目されています。[7]
小樽市は2025年6月、小樽駅前や運河周辺など市内の観光拠点にデジタルサイネージ(電子看板)を設置するマナー啓発業務を委託することを決定しました。看板では撮影時のマナーや安全注意をリアルタイムで案内し、現場での情報発信を強化します。これにより、観光客の行動変容を促し、撮影マナー違反の抑止効果を狙います。[8]
各地で始まる対策の最新動向
北海道では、オーバーツーリズム問題の解決に向けて革新的な対策が始まっています。特に注目すべきは、以下の新しい取り組みです。
- AI技術を活用した混雑制御
- 地域住民参加型のマナー啓発活動
- 農業と観光の共存への新たな試み
これらの対策は、単なる問題対処ではなく、持続可能な観光地域づくりに向けた戦略的アプローチとして展開されており、観光事業者にとって重要な参考事例となっています。
AI技術活用による混雑制御

美瑛町では、日本でも先進的なAIカメラによる観光地混雑状況可視化システムを導入しています。以下の人気スポット、4か所にAIカメラを設置し、3分ごとに混雑状況を更新しています。
- クリスマスツリーの木
- 白金青い池
- 道の駅びえい「白金ビルケ」
- 十勝岳望岳台
「混雑中」「やや混雑」「混雑なし」の3段階で表示され、観光客は事前に混雑状況を確認できるようになりました。このシステムの特徴は、プライバシーに配慮し個人を特定する情報は一切表示しないこと。
さらに、美瑛町公式ホームページや観光拠点に設置したデジタルサイネージでリアルタイム情報を提供することで、観光客の分散効果を狙っています。[9]
マナー啓発とパトロール体制の強化

地域住民参加型のマナー啓発として、「美瑛観光ルールマナー110番」を開設しました。観光客のマナー違反を目撃した際の写真や映像情報を収集し、重点的なパトロール地域の選定や観光関連会社への指導に活用されています。
小樽市では、地元の若者グループ「オタルネクスト100実行委員会」が忍者に扮したマナー啓発動画を制作し、SNSで拡散する創意工夫を凝らした取り組みを実施。これらの活動は、行政だけでなく地域住民や若者世代も巻き込んだ持続可能なマナー啓発体制の構築を目指しており、観光事業者にとっても参考になる地域一体型のアプローチです。[10]
農業と観光共存への新たな試み

美瑛町の若手農家・大西智貴氏が立ち上げた「ブラウマンの空庭。」は、農業と観光の共存を目指す先進的なプロジェクトです。[11]
畑には農家の顔写真入りの看板を設置し、QRコードから農作物の購入サイトへアクセスできる仕組みを構築しました。名称には「土を耕す人」という意味と、丘が空に広がる美瑛の景色、そして「畑は農家にとって庭」という思いが込められています。観光客に景観が農家の努力によって守られていることを伝えることが狙いです。単に「立入禁止」とするのではなく、農家の思いを共有する形で理解を促しています。
国や自治体の取り組み

オーバーツーリズム問題の根本的解決には、国や自治体による制度的支援と財源確保が不可欠です。現在、北海道では2026年4月の宿泊税導入準備が進み、観光庁は158億円規模の支援事業を展開中です。これらは観光事業者の資金調達機会であり、持続可能な観光地域づくりの制度基盤として注目されています。
北海道宿泊税は2026年4月1日導入予定で、1人1泊の料金に応じた段階課税制度です。
地方財政審議会からの文言修正指摘を受け、現在条例改正案を調整中です。[12]
オーバーツーリズム対策の今後の課題
北海道でのオーバーツーリズム対策は、ようやく第一歩を踏み出した段階です。政府が掲げる2030年訪日観光客6,000万人という目標達成に向けて、供給体制の強化と需要の分散化が急務となっています。北海道では、以下の三つの大きな課題に直面しています。[14]
- 人手不足の深刻化
- 観光客の地方分散の実現
- 持続可能な観光モデルの構築
観光事業者にとって、これらの課題は同時に新たなビジネス機会でもあり、長期的な視点での戦略策定が求められる状況です。
2030年までに現在の約1.7倍となる6,000万人の訪日観光客受入れには、根本的な供給体制の見直しが不可欠です。特に深刻なのは人手不足で、日本の生産年齢人口は1995年をピークに減少しており、観光産業では他業界と比べてもより厳しい状況となっています。北海道の観光関連業界では、コロナ禍で削減した人員をまずコロナ前の水準に戻す必要があり、その上で更なる拡充が求められます。
需要の分散化も重要な課題です。
観光庁では全国35の国立公園への高級リゾートホテル誘致を進めていますが、宿泊施設の充実だけでは十分でなく、観光コンテンツの充実が不可欠でしょう。[16]
まとめ
北海道におけるオーバーツーリズムは、美しい自然や文化が持つ魅力の裏返しともいえる現象です。観光客の急増は地域経済に恩恵をもたらす一方で、住民生活や環境への負担も増しています。美瑛やニセコ、小樽といった人気観光地では、交通渋滞やマナー違反など具体的な問題が顕在化しました。
それぞれの地域では、AI技術の導入やマナー啓発活動など創意工夫を凝らした対策が始まっています。農業と観光の共存を目指す取り組みは、新しい観光モデルのヒントとなるでしょう。
また、国や自治体による宿泊税や補助事業も、持続可能な観光の実現に向けた重要な基盤です。2030年に向けて、供給体制の強化と観光需要の分散が欠かせません。人手不足の解消や地域格差の是正も大きな課題といえるでしょう。
観光の恩恵を広く共有し、住民と旅行者が共に心地よく過ごせる地域づくりを目指すことが、北海道が持続的に輝き続けるための道筋です。


参考文献
[1]日本経済新聞|北海道の24年宿泊者数、13%増の4462万人泊 過去最多
[2]美瑛町|オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[3]倶知安町|オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[6]UHB北海道文化放送|忍者が”オーバーツーリズム”対策で動き出した!「マナー違反はダメでござる」地元を愛する若者たちがSNSに”注意喚起の画像” 第10弾まで発信予定 北海道・小樽市
[7]Otaru Next 100 実行委員会 – ワクワクする小樽をつくろう!
[8]旅マエ旅ナカにおける注意喚起・マナー啓発業務に関する公募型プロポーザルの選考結果について | 小樽市
[10]美瑛観光ルールマナー110番 :: 一般社団法人 美瑛町観光協会
[13]観光庁|オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業 一次公募の採択事業を決定しました
