瀬戸内海のサステナブルな挑戦|アートとゼロウェイストが生む再生型観光

瀬戸内海地域は、過去に過疎化や環境問題といったさまざまな課題に直面してきた地域です。人口の減少や高齢化は年々進み、過去には国内最大級の不法投棄事件も発生しました。
しかし、近年ではアートと観光を活かした「再生型ツーリズム(リジェネラティブツーリズム)」のモデルとして世界から注目を集めています。
再生型ツーリズムとは、観光を通じて、地域の環境や文化を再生・回復させる新しい観光のあり方です。
瀬戸内海地域では、3年に一度開催される「瀬戸内国際芸術祭」や、徳島県上勝町の「ゼロ・ウェイスト運動」などを通して再生型ツーリズムに取り組んでいます。
本記事では、筆者が実際に2025年の瀬戸内国際芸術祭を訪れ、瀬戸内海地域を直接この目で見てきた体験をもとに、本地域での取り組みについて解説します。
瀬戸内国際芸術祭とは? 海と島々をつなぐアートの祭典

瀬戸内国際芸術祭は、瀬戸内海の島々を舞台に3年に1度開催される現代アートの祭典です。[1] 香川県や岡山県の島々、港など瀬戸内のあらゆる地域でアート作品の展示やイベントが開催されます。
期間中は国内外から約100万人もの人々が訪れ、日本を代表する国際的な芸術祭として知られています。約100日間の会期は春・夏・秋の3シーズンに分かれており、季節ごとに異なる瀬戸内の魅力を体験できるのが特徴です。
2025年には、以下の期間や参加者によって開催されました。[2]
| 開催エリア | 瀬戸内海の島々と沿岸部で構成される17のエリア |
| 開催期間 | 春会期:2025年4月18日(金)~5月25日(日)夏会期:2025年8月1日(金)~31日(日) 秋会期:2025年10月3日(金)~11月9日(日) |
| 開催規模 | 222作家・団体、37の国・地域が参加し、256作品、25イベントが開催 |
瀬戸内国際芸術祭のコンセプト
瀬戸内国際芸術祭は、単なるアートイベントではなく、地域再生を目的とした取り組みです。以下の6つのコンセプトを柱に、アートを通じて島々の価値を再発見し、未来へとつなげるよう設計されています。[3]
| コンセプト | 概要 |
|---|---|
| アート・建築 | 瀬戸内の自然や文化、歴史を活かして作成されたアート・建築により、地域の魅力が発見されることを目指す |
| 民俗・生活 | それぞれの地域・島で育まれてきた伝統・芸術を活かしたイベントにより、島外の人々の参加を促し、地域再生の機会を探る |
| 交流 | 世代・地域・ジャンルを超えた人々が集い、作品を創り上げることで、瀬戸内海地域の活性化を目指す |
| 世界の叡智 | 美術や建築、音楽、パフォーミングアーツ、科学、文学、思想、国際交流などさまざまな分野の特性を組み合わせ、瀬戸内海地域の魅力が世界に広まるよう活動する |
| 未来 | 次代を担う若者や子どもたちが、さまざまな世代・地域の人と協働して芸術祭を作るプロセスを体験する |
| 縁をつくる | それぞれの地域が独自に活動しながらも、島間の交流を活発化し、瀬戸内海再生の機会を育む |
瀬戸内の魅力を表現した多様な作品
瀬戸内国際芸術祭で展示される作品の特徴は、アートと地域の歴史や文化が深く結びついている点です。それぞれにテーマや表現したい内容が込められており、とくに瀬戸内海地域の魅力を表現した作品が多く見られます。
たとえば、豊島に展示されている日本人作家・塩田千春の作品「線の記憶」では、かつて豊島で使用されていたそうめんの製造機3台が再利用されています。[4] 製造機は、豊島の人々が「もういらないけれど捨てられない大切なもの」として提供したもの。豊島に受け継がれるさまざまな生活や土地の記憶を糸で紡ぎ、未来へと残すことが表現されています。


また、小豆島に展示されている台湾人作家・王文志(ワン・ウェンチー)の作品「抱擁」は、小豆島の包容力を表現した作品です。約4,000本の竹を使用して作成されています。3年ぶりに小豆島を訪れた王氏は「島が抱きしめてくれたように感じた」と述べており、ドームの両サイドに伸びるアプローチは広げた両腕を表現しているとされています。[5][6]
瀬戸内国際芸術祭がもたらす経済・文化的効果
また、開催年には観光客数が大きく増加するというデータもあり、観光客招致に一定の効果があると評価されています。[8]
瀬戸内国際芸術祭の効果は、経済的なものだけではありません。
祭典で展示される作品の多くは開催地の住民と共に制作されたものです。参加アーティストの中には、定期的に瀬戸内海地域に戻り、制作のかたわら地元の人々と交流する人もいます。[9]
豊島の再生物語|廃棄物の島からアートの島へ

豊島は瀬戸内海の東部に位置する、人口約760人の島です。[10] かつて国内最大級の不法投棄事件に見舞われ、深刻な環境汚染に苦しんだ歴史を持ちます。
しかし現在では、環境再生への取り組みとアートを通じた地域再生により、国内外から多くの人々が訪れる「アートの島」として生まれ変わりました。
1990年に起きた国内最大級の不法投棄事件
豊島は香川県小豆郡土庄町に属し、豊かな自然に恵まれた文字どおり「豊かな島」として知られていました。
しかし、1965年頃から土地を所有する業者によって有害産業廃棄物の処分場を建設する計画が進められ、徐々にその豊かな姿が失われ始めます。
当時、住民たちは処分場の建設に猛反対し、香川県庁でデモ行進を行うなど、激しい抵抗運動を展開しました。住民たちの猛反対を受け、業者は「ミミズの養殖を行う」との名目で1978年に事業許可を取得。しかし実際は、当初の予定通り産業廃棄物の不法処理が行われていました。
その結果、産業廃棄物を積んだダンプカーが島内を堂々と走り、現場では野焼きが連日のように行われ、周辺に住む児童らにはぜんそくなどの健康被害が相次ぎ、深刻な事態となりました。
環境・資源循環型社会への転換
国内最大級の不法投棄事件が起きた豊島ですが、これをきっかけに環境・資源循環型社会への転換が進められました。現在は廃棄物の発生を抑制するとともに、排出されたものはできるだけ資源として再利用するなど、循環型社会に向けた取り組みを実施中です。[11]
豊島の廃棄物処理を担う直島への輸送時にも、廃棄物や汚水が漏れ出さないよう、密閉性の高いコンテナを使用するなど、細心の注意が払われています。
さらに、日本初の国立公園である瀬戸内海国立公園の一部「水ヶ浦」地域では、植生回復のための活動も実施。水ヶ浦の自然を、国立公園に指定された当時の植生に近づけることを目標とした「豊島・ゆたかなふるさと100年プロジェクト」に取り組んでいます。[12] 本プロジェクトでは、クスノキやコナラといった豊島の代表的植物を、企業ボランティアや地元の小中学校と連携して保護し、環境教育にもつなげています。
「食」と「アート」を通じた取り組み
豊島はかつて米や野菜の生産が盛んで、豊かな土壌と水に恵まれていました。しかし、日本の高度経済成長に伴い稲作や農業は衰退。
豊島美術館を運営する公益財団法人福武財団はその一環として、休耕田を整備する「棚田プロジェクト」を始動。[13] 現在は、日本の原風景ともいえる美しい棚田の景色が広がり、棚田を目的に豊島を訪れる人がいるほどの観光地となっています。
そして2010年には、棚田の一角に「豊島美術館」を建設。「人工的なオブジェクトでありながら、同時に丘のような自然さがあるもの」を目指してデザインされたこの美術館は、豊島の新たな象徴として多くの観光客を惹きつけています。[14]
上勝町のゼロ・ウェイスト運動|ごみを出さない暮らしの観光化

徳島県上勝町は、2003年に「ゼロ・ウェイスト宣言」を行った、先進的な町として知られています。
ゼロ・ウェイスト運動とは、廃棄物の削減や資源の再利用を通して循環型社会を実現しようとする取り組みです。環境省によると、日本のごみの最終処分場はあと23.5年でいっぱいになると予想されており、こうした廃棄物問題への解決策として注目されています。[15]
近年では、この循環型の暮らしそのものを観光資源として活用し、訪れる人々がゼロ・ウェイストを体験できるサステナブルツーリズムも展開しています。
日本初のゼロ・ウェイスト宣言
上勝町は、日本で初めてゼロ・ウェイスト宣言を行った地方自治体です。[17]
2003年にゼロ・ウェイスト宣言を行って以来、ごみを出さないようにする工夫はもちろん、分別の細分化や再利用のための工夫を積極的に推進してきました。町民と行政が一体となって循環型社会の実現に向けた取り組みを続けた結果、全国から注目される先進事例となっています。
2020年5月には、ごみステーションを改築し「上勝町ゼロ・ウェイストセンターWHY」をオープンしました。[18] ごみステーションの役割に加え、ゼロ・ウェイスト運動の啓発や教育、人々の交流の場としても活用されています。
施設名の「WHY」には「ごみを生み出さないためにどうすればいいのか」を問いかけ、来訪者に考えるきっかけを提供したいという思いが込められています。
43分別の徹底と循環の見える化
上勝町では、古くからごみの分別の細分化など、循環型社会に向けた取り組みが行われてきました。
また、上勝では回収車による戸別のごみの回収は行われたことがありません。
徹底した取り組みの結果、2016年にはリサイクル率81%を達成しました。全国平均が20%であることを踏まえると、上勝町の取り組みがいかに効果的であるかがわかります。
さらに、ゼロ・ウェイストセンター内には、自分では使わなくなったもの、まだ使える衣類、家具などを持ち込める「くるくるショップ」を併設。リユースの促進にも力を入れています。
民間と企業が共に創る循環型社会
上勝町では、行政・町民・事業者が一丸となって、循環型社会の構築に取り組んでいます。
それぞれの主体が役割を分担し、互いに連携しながらゼロ・ウェイスト運動を推進している点が、上勝町の取り組みの特徴です。各主体の具体的な取り組みは以下の通りです。
| 主体 | 上勝町役場 | 上勝町民 | 事業者 |
|---|---|---|---|
| 主な取り組み内容 | ゼロ・ウェイスト宣言 ゼロ・ウェイスト推進基金(ゼロ・ウェイスト運動を行うための基金)の設置[19] ゼロ・ウェイストタウン計画(ゼロ・ウェイストを達成するための仕組みやコミュニティづくり)[20] ゼロ・ウェイスト推進協議会(行政と町民による協議会)の設立[21] | ゴミを出さない暮らし 分別の徹底 ものを長く使う工夫 | 町内産の食材の使用 おしぼりやストローなどの提供の制限 廃材や天然素材を使用した雑貨の作成 ゼロ・ウェイスト運動の啓発活動 |
行政が制度やインフラを整備し、町民が日々の暮らしの中で実践し、事業者がビジネスを通じて循環を促進する。この三者の連携によって、上勝町のゼロ・ウェイスト運動は持続可能な取り組みとして定着しています。
体験型のサステナブルツーリズム
上勝町では、住民や観光客にゼロ・ウェイスト運動や循環型社会の大切さを啓発するための体験型プログラムを多数提供しています。単に観光地を巡るだけではなく、実際に循環型の暮らしを体験してもらうことで、訪れる人々が環境問題を自分ごととして捉え、共感を深められるよう設計されています。
以下は、上勝町で体験できるプログラムの一部です。[22]
ゼロ・ウェイストセンターでの宿泊プラン
ゼロ・ウェイストの拠点施設に宿泊し、分別や循環の仕組みを間近で体験できる
サステナブルなビール工場見学
地域資源を活用した循環型のものづくりを学べる
千年の森ふれあい館での自然体験
上勝町の豊かな自然環境に触れ、環境保全の大切さを実感できる
不要になった着物・帯・鯉のぼり・毛糸などを使った工芸品作り体験
廃棄されるはずだった素材をアップサイクルし、新たな価値を生み出す創造性を体験できる
農園見学・上勝阿波晩茶体験
地域の伝統的な農業や発酵文化に触れ、持続可能な食のあり方を学べる
こうした体験を通じて、訪れる人々は観光客から地域の取り組みに関わる参加者へと変化。その結果、ゼロ・ウェイストの輪を広げる担い手として、それぞれの暮らしの場に学びを持ち帰ることができます。
アートと自然の融合が生む「再生型観光」モデル

豊島のアート活動や上勝町のゼロ・ウェイスト運動は、観光が地域の「負担」ではなく「再生の力」になることを示しています。文化的インパクトと環境的インパクトの相乗効果、行政・市民・企業の連携、そして体験を通じた共感の創出。これらの要素が組み合わさることで、持続可能な地域経営のモデルが生まれています。
文化的インパクト×環境的インパクトの相乗効果
瀬戸内海地域では、アートや文化活動が地域に新たな意味を与え、環境への意識を高めることで、文化的インパクトと環境的インパクトの相乗効果が生まれています。
たとえば、豊島の豊島美術館では、自然と一体化した建築とアートの融合が観光客に深い体験を提供。「見る観光」から「感じ、考える観光」への転換を促しています。
また上勝町では、分別体験やアップサイクル工房など、観光客が町の生活や町の材料を使った作品作りを通して「循環型社会の一員」として参加できる仕組みを整備。訪れる人々が単なる観光客ではなく、当事者として地域の再生プロセスに関わる環境を整えています。
瀬戸内海地域では、こうした文化と環境の掛け算が観光を「地域再生」へと転換させ、持続可能な地域づくりにつながっています。
行政・市民・企業が連携する新たな地域経営
瀬戸内海地域の再生には、行政、地域住民、そして企業の三者連携が欠かせません。
たとえば瀬戸内国際芸術祭では、行政がビジョンを掲げ、アーティストと住民が協働し、企業が支援する仕組みが確立されています。行政が長期的な地域ビジョンを示し、住民が地域の歴史や文化を継承しながらアーティストとの協働を通じて新たな価値を創造したうえで、企業が資金面や技術面でサポートする。この三者が互いの強みを活かし合うことで、持続可能な芸術祭の運営を実現しています。
地域のさまざまな主体が役割を分担しながら共に活動することで、一過性のイベントではなく長期的な地域再生を可能にしています。
再生型観光の鍵は「体験×共感」
再生型観光の本質は「体験」と「共感」です。アート鑑賞や分別体験など、地域の課題や価値を体感し、共感することで、観光客は「観る側」から「関わる側」へと変化していきます。
瀬戸内海地域では、豊島で廃棄物問題と再生の歴史を学んだり、上勝町で43種類の分別を体験したりすることがその一例です。こうした体験を通じて地域への共感を生まれ、自らの行動を見直すきっかけにもなっています。
体験を通じた共感が、観光客を地域再生のパートナーへと変え、持続可能な地域づくりを支える力となります。
まとめ|瀬戸内海地域のアートとゼロ・ウェイストから学ぶ再生型観光
瀬戸内海地域の取り組みは、観光が地域を消費するものではなく、再生させる力になりうることを示しています。
瀬戸内国際芸術祭を通じた文化的価値の創出、豊島の廃棄物問題からの再生、そして上勝町のゼロ・ウェイスト運動。これらは全て、地域の文化と環境保全を融合させた「再生型観光」のモデルです。地域の課題に向き合い、住民・行政・企業が連携し、訪れる人々に体験と共感を提供することで、持続可能な地域づくりが実現されています。
瀬戸内海地域の取り組みから再生型観光を学び、人が訪れるほど地域が豊かになる観光を目指しましょう。
参考文献
[2] 瀬戸内国際芸術祭2025秋会期の作品・イベントの増減及び、 参加アーティスト・作品一覧の更新について | 新着情報 | 瀬戸内国際芸術祭2025
[3] コンセプト | 2022年度 | アーカイブ | 瀬戸内国際芸術祭2025
[5] 抱擁・小豆島 | 作品 | 瀬戸内国際芸術祭2025
[6] 瀬戸内国際芸術祭2025における地域との協働 -ワン・ウェンチー(王文志)作品「抱擁・小豆島」制作を支援- | ショーワグローブ株式会社のプレスリリース
[7] 「瀬戸内国際芸術祭 2022」開催に伴う経済波及効果
[8] 地域指向形アートプロジェクトの比較分析と地域活性化効果
[9] 瀬戸内国際芸術祭とその歴史|検索詳細|地域観光資源の多言語解説文データベース
[12] 植生の回復について | 豊島事件を見る | 豊島(てしま)・島の学校
[13] 豊島 棚田プロジェクト | ベネッセアートサイト直島
[14] 夜を徹してつくられた継ぎ目のないコンクリート・シェル構造の屋根――豊島美術館 | ブログ | ベネッセアートサイト直島
[15] 日本で深刻なごみ問題。世界で広がるごみゼロ運動「ゼロ・ウェイスト」とは? | 日本財団ジャーナル
[16] 環境省_グッドライフアワード_受賞者紹介 第6回グッドライフアワード 取組概要
[17] ゼロ・ウェイスト・キャンペーン | 詳細検索 | 観光庁
[18] WHYに込めた想い【公式】上勝町ゼロ・ウェイストセンターWHY | 上勝町ゼロ ・ ウェイストセンター (WHY ・ ワイ )
[19] ゼロ・ウェイスト推進基金 | ZERO WASTE TOWN Kamikatsu
[21] 上勝町役場の取り組み | 上勝町ゼロ・ウェイストポータルサイト | ZERO WASTE TOWN Kamikatsu
