健康寿命を延ばす「リジェネラティブ温泉」|人と観光地を同時に再生する、新しい湯治

温泉は、ただ癒やされに行く場所から、「自分の回復」と「地域の再生」を同時に叶える滞在へ変わり始めています。観光産業で注目されるリジェネラティブ(再生)の視点を、伝統的な湯治に重ね直したのが「リジェネラティブ温泉」です。
本記事では、温泉の効能を“個人の健康”で終わらせず、森・水・地熱エネルギー・食・文化といった温泉地の資源循環につなげる考え方を解説。さらに、人的資本経営や健康経営の文脈で、企業が温泉滞在をどう活用できるかも整理します。
全国5つの温泉地の実践事例から、顧客をファンに変える仕組みや、地域資源の再生を収益と両立させるヒントを具体的に紹介します。
リジェネラティブ温泉とは?
観光における「リジェネラティブ(Regenerative)」とは、観光地を「維持する(Sustainable)」だけでなく、観光を通じて自然環境や地域コミュニティを「再生し、より良い状態にする」という考え方です。
これまでの観光は、地域資源を「消費」する側面がありました。しかし、リジェネラティブ温泉は、その土地が持つ本来の治癒力(自然環境)を回復させながら、訪れる人の心身も再生させることを目指します。
たとえば、北海道の丸駒温泉旅館は、2025年1月にSDGs評価の国際認証「サクラクオリティAn ESG Practice」を北海道の温泉旅館として初めて取得。「訪れる前よりも訪れた後の方が自然やコミュニティが良くなる」ことを掲げ、顧客が地域の自然回復活動に参加したり、宿泊費の一部が環境保全に回る仕組みなどを実践しています。
観光事業者は、「消費される観光地」から「訪れることで地域が豊かになる観光地」への転換が求められています。[1]
現代版湯治「新・湯治」がもたらす人的資本の再生
環境省が推進する「新・湯治」は、現代のライフスタイルに合わせた温泉滞在の新しい形です。[2]
かつての湯治は、農閑期などに長期滞在して病や疲れを治すものでした。一方、現代の「新・湯治」は、病気の治療だけでなく、心身のリフレッシュやストレス解消、健康増進を通じた「未病対策」を重視します。さらに、休暇中に仕事を行う「ワーケーション」と組み合わせることで、忙しい現代人でも長期滞在が可能になります。
これは、企業が従業員の生産性向上やメンタルヘルス対策として温泉地を活用する強力な根拠となるでしょう。[3]
企業の人的資本経営を支える温泉滞在
人的資本経営が進むいま、従業員の心身の回復は「福利厚生」ではなく、中長期の成果を生むための経営投資として位置づけられつつあります。
そこで注目したいのが、温泉地での「滞在型プログラム」です。温泉でしっかり休むだけでなく、学び・対話・軽い運動も組み合わせることで、疲れを取るだけに終わらない、心身を整える時間をつくりやすくなります。
企業側にとっては、離職防止やエンゲージメント向上につながる余地があり、温泉地・宿泊施設側にとっては、平日稼働を支える新しい需要の柱になるでしょう。
「健康経営」時代に温泉が果たす役割
「健康経営」時代、温泉は企業の実務にも役立つ存在です。サステナビリティ担当者や人事部門にとって、リジェネラティブ温泉は、従業員の健康づくりを後押しする「健康経営」の具体策の一つとして活用できます。
経済産業省などが推進する「健康経営」において、従業員の活力向上は企業の業績に直結する重要課題です。
単なる慰安旅行ではなく、「生産性を高めるための投資」として温泉滞在を提案することで、平日の稼働率を上げたい宿泊施設と、従業員のケアをしたい企業のニーズが合致するのです。
データからみる温泉の健康効果
温泉療法医によるオンライン療養相談に基づき、個々の状態を把握した上で滞在中の課題に取り組むことで、リラックス、リフレッシュといった主観的な健康状態や、腰痛、肩こりなどの症状で多くの改善が認められました。
観光事業者が地元の大学や医療機関と連携し、データに裏打ちされた健康プログラムを提供することで、企業研修受託の道が広がります。
全国5つのリジェネラティブ温泉の実践事例
「リジェネラティブ温泉」の概念は、地域ごとの資源や課題に応じてさまざまな形で実践されています。ここでは、5つの先進事例を紹介します。
いずれも地域資源を最大限に活用し、持続可能性を超えた新たな価値を創出しているモデルケースです。
地域の自然環境との一体化で顧客をファンに(湯村温泉|兵庫県新温泉町)

湯村温泉では、「身体を温める」をコンセプトに、高温の豊富な温泉と温泉熱で温められた川沿い空間を活用した体験プログラムを開発。大阪府及び兵庫県で健康事業を行う企業5-RELAXと連携して2019年に実施されました。[5]
取り組みの中心は「温熱リラックス」という新たなプログラムです。夜空のもと、川沿いの遊歩道に埋め込まれた配管から伝わる温泉熱を背中で感じながら呼吸法やストレッチを行い、心身の緊張をほどいていきます。京阪神のモニターから「フィットネスなど他の場所では味わえない爽快感」「湯村ならではの体験ができた」といった高評価を得ています。
2020年には「温泉カラダととのえ塾」などの町民向けプログラムも開発。「新温泉町=新・湯治のまち」というブランドを育て、地域内外の人に「生き生きとした町」というイメージを浸透させています。
災害からの奇跡的復興と地域福祉の両立(土湯温泉|福島県福島市)

東日本大震災で停電によるすべての機能停止を経験した土湯温泉は、「再生可能エネルギーを整備していかなければ」という危機感から、復興再生を開始しました。[6]
2012年に地域組織が出資して復興まちづくり会社「株式会社元気アップつちゆ」を設立。
発電で使用した冷却水を活用してオニテナガエビの養殖を行い、新たな特産品として観光資源化しました。
注目すべきは、売電収入の地域還元です。地域バスの運行や子供たちの通学費補助など、地域福祉に充てられています。さらに廃業旅館と公衆浴場を一体再生した施設整備も進行中です。
温泉という地熱資源が、エネルギーや食、施設、そして地域福祉全体を「再生」させている事例になっています。
地域と企業のWin-Winパートナーシップ(松之山温泉|新潟県十日町市)

松之山温泉は日本三大薬湯の一つとして知られ、豪雪地帯の山里に位置しながら、棚田やブナ林などの美しい自然環境に恵まれています。[7]
7軒の旅館と建設会社、土産物店の16人による共同出資で設立された地域プラットフォーム会社「松之山温泉合同会社まんま」は、東京に拠点を置く株式会社地熱開発およびその親会社GPSSグループと連携。
継続的な関係が見込まれるGPSSグループに対しては、ワーケーションツアーを実施。「リフレッシュチャージ」という新しい価値観を提供し、温泉地の賑わい創出につなげています。今後は発電事業に加え、視察を含めた松之山フィールドを体験する商品の提供を予定しており、外部企業との共生モデルが確立されています。
科学と伝統の融合による個別対応(温泉津温泉|島根県大田市)

温泉津温泉の薬師湯では、湯治の方法を個人に合わせた「オーダーメイド型新・湯治」を提唱。新・湯治の効果を把握するため、島根県立大学と連携して調査を実施しました。
日帰り型では、温泉入浴前後でネガティブな感情が減少。宿泊型では、交感神経が副交感神経よりも低くなり、入浴後1時間程度は自律神経活動が非常に活性していました。
この科学的なエビデンスに基づき、温泉施設側が利用者の健康状態に応じた入浴方法や入浴後の過ごし方を提案する仕組みが確立。かけ湯の方法、入浴方法、入浴後の過ごし方といった細部にわたるカスタマイズにより、「受け入れるだけ」から「顧客と関係を構築する」という新しい湯治スタイルを目指しています。
企業課題の解決と地域活性化の両立(修善寺温泉|静岡県伊豆市)

修善寺温泉では、株式会社ベーシックが「温泉地×Business Woman&オープンイノベーション」というテーマで「温泉地ミーティング」を実施。「女性活躍推進」をテーマに、ターゲットに合わせたメディアや温泉宿泊施設とコラボレーションしています。
参加者からは「職場や自宅を離れた温泉地という恵まれた環境で実施することで脳がリフレッシュされ、企業の垣根を超えて女性リーダーがディスカッション&合宿することで、女性活躍推進の意欲向上につながった」との声が寄せられました。
「リフレッシュ効果」「気分転換」という温泉地や自然環境の効果に加えて、すぐにビジネスやプライベートに活用できる「気づきや意識変革」が大きな成果として上がっています。自治体や温泉地がテーマを設定し、ターゲットに応じた施設やメディアと連携することで、様々なバリエーションが実現可能であり、今後の展開の可能性が広がっています。
温泉地熱が支える「エネルギー自給」と地域循環

温泉が持つ地熱資源を活かすことで、温泉地は「観光資源」にとどまらず、地域の経営基盤を支えるインフラへと役割を広げています。未利用の温泉熱をバイナリー発電で電力化し、売電収入を地域課題の解決や福祉に還元するモデルも各地で広がりを見せています。
さらに、発電後に残る熱を暖房や農業、加工などに回すことで、エネルギーを使い切る工夫も進んでいます。温泉熱の多段階利用が進むほど、廃棄を減らしながら地域内で価値が循環し、「エネルギー自給」と「経済自立」を後押しする拠点として温泉地の存在感が高まっていくでしょう。
温泉地の実践に学び、自社の「再生モデル」へつなげる
リジェネラティブな取り組みは、地域の特性を活かして設計することが肝心です。湯村温泉の「温熱リラックス」、土湯温泉の「バイナリー発電」、松之山温泉の「ワーケーション」など、各地は足元の資源をそれぞれ異なるアプローチで価値に変えています。
自社で実装する第一歩は、地域資源を「環境への貢献」という文脈で捉え直し、顧客にとって魅力ある体験や仕組みとしてパッケージ化することです。
さらに、丸駒温泉旅館のサクラクオリティなど国際認証の取得も視野に入れつつ、自地域ならではの「再生ストーリー」を磨き上げれば、単なる観光地から“次世代型のリジェネラティブな事業”へと転換する道筋が見えてきます。
「リジェネラティブ温泉」は、観光地と人の双方を健康にする、次世代のスタンダードになり得ます。[8] 観光事業者にとっては環境配慮と収益性を両立させる高付加価値なモデルであり、企業にとっては人的資本経営を支える実装フィールドにもなるでしょう。
まずは自社の取り組みが、地域や人の「再生」にどう寄与できるか、小さな一つから見直してみてはいかがでしょうか。
参考文献
[1] サステナブルツーリズム【リジェネラティブツーリズム】に関する取組 – 奥札幌の秘湯 湖畔の宿支笏湖 丸駒温泉旅館
[3] RIETI|健康経営×ヘルスツーリズム×ワーケーションの可能性
[4] 環境省|新・湯治の効果に関する協同モデル調査(令和5年度調査結果)
[6] 地熱発電が被災した温泉地に活力もたらす(福島県・土湯温泉) | シリーズNo.14
[7] 日本から世界に伝えたいSDGs④ 【地熱の恵み ”再エネ”で立ち上がった福島の温泉町の物語】 – 国連広報センター ブログ
[8] 第18回「『チーム 新・湯治』セミナー~温泉旅館の女将が描く今後の温泉地の姿~」の開催について | 報道発表資料
