正しさより、“楽しさ”で人は動く。沖縄が仕掛ける「エシカルトラベル」は、観光客の行動変容をどうデザインしたか?
「見えない環境」と「コミュニティ」を再生する
エシカルの真髄は、単に環境負荷を抑えることにとどまらず、損なわれた資源や文化をより良い状態で未来へつなぐ「再生」の視点にある。
沖縄が取り組むのは、プラスチック削減のような可視化しやすい課題だけではない。空気、水、身体の中の微生物、そして人々の絆といった「見えない資本」を整え直している。
生命の土台を健やかに育み、本来の活力を引き出すこと。それこそが、現代の私たちが真に求めるウェルビーイング(心身の幸せ)の条件となる。
ケミカルフリー&発酵
EMウェルネス 暮らしの発酵ライフスタイルリゾート
北中城村(きたなかぐすくそん)の丘の上に立つ、EMウェルネス 暮らしの発酵ライフスタイルリゾートは、その名の通り「発酵」を軸にホテルのあり方を再定義している。

建物の歴史は、1972年の沖縄本土復帰の年に開業した「沖縄ヒルトン」に遡る。その後「シェラトン沖縄」として親しまれたが、バブル崩壊により改修は中断。約13年もの間、建物は廃墟と化し、「幽霊屋敷」と呼ばれた時期さえあった。
転機は2003年、株式会社EM研究機構による再生プロジェクトだ。調査の結果、米国統治下の建築基準で造られた躯体は、現代においても頑丈であることが判明した。復帰前の記憶を刻む文化的価値を重んじ、「壊さずに生かす」道を選択。この決断が、現在のホテルの礎となっている。

建物の再生と共に取り組んだのが、「見えない環境」の再生だ。徹底しているのは、徹底した化学物質の排除である。
驚くべきことに、このホテルでは客室清掃に合成洗剤を一切使用しない。代わりに使われるのは、乳酸菌や酵母などを含む「発酵液(EMW)」だ。さらに、サプライヤーと粘り強く交渉を重ね、リネンの洗濯も合成洗剤ではなく、石鹸と発酵液での洗浄を実現した。
化学物質フリーへのこだわりが生んだのは、「いい微生物が息づく、森の中のような空気感」だ。滞在するだけで身体が整う、目に見えない贅沢がここにはある。

食においては、「発酵」「自社農場」「二十四節気」を柱に掲げる。加物を排除し、出汁取りから始める手作りの姿勢を貫く。調味料も厳選し、白砂糖の代わりにきび糖、甘酒、みりんなどで優しい甘みを表現している。

食材のベースは、車で10分ほどの場所にある自社農場だ。有機認証を取得し、抗生物質不使用で育てられた卵や野菜が、ホテルの食卓を彩る。さらに、ホテルから出る1日約200kgの生ごみは農場で堆肥化され、再び土へと還る「食のサイクル」が確立されている。

この循環は2025年4月、地域全体へと拡張された。行政と連携した「北中城村EMユニバーサルビレッジ」として、新しいバイオガス発電施設がオープンしたのだ。
ホテルだけでなく、近隣の商業施設や学校、病院から生ごみを回収。メタンガスを発生させて発電を行い、残った残渣さえも発酵させて地域の有機農業へ再利用する。
「捨てるものが一切ない」この仕組みは、滞在すること自体がゲストと地球、両方の環境を再生させるという、新しいリゾートの形を提示している。
旧校舎の記憶に、新たな息を吹き込む|喜如嘉翔学校
大宜味村(おおぎみそん)の静かな山間に、地域と旅人が交差する新たな学び舎がある。喜如嘉翔学校(きじょかしょうがっこう)は、2017年に閉校した旧喜如嘉小学校を再生させた複合施設だ。施設名の「翔」には、役割を終えた学び舎が、再び未来へ羽ばたくように、という切実な願いが込められている。

現在、校舎には14の多様なテナントが入居する。地域の手仕事を伝える「やんばる工芸店」や、ハンモックのアトリエ「方舟(はこぶね)」が集うほか、草編み体験や森のトレッキングを通じて、土地の感触を肌で感じることができる。ここは単なる観光施設ではない。地域住民の記憶と観光客の好奇心が混ざり合う、新しいコミュニティの拠点なのだ。

この場所が持つ「学び舎」としての役割は、食の領域でも鮮やかに再生されている。前述のクラフトビール醸造所「CLIFF GARO BREWING」もプロジェクトに参画し、子どもたちと共に「学校にあるものだけでビールを作る」というプロジェクトを実施した。
敷地内に自生する月桃(げっとう)やシークヮーサーを自らの手で収穫し、その場で搾りたての果汁を味わう。こうした体験を通じて、子どもたちは自分たちが暮らす土地の豊かさを身体感覚として刻み込んでいく。外部資本に頼るのではなく、足元の資源を見つめ直し、次世代へと誇りを繋いでいく。これこそが、本質的な「循環の輪」の広がりと言えるだろう。

かつての多目的室や視聴覚室をリノベーションし、2024年7月にオープンしたのが宿泊施設「BUNAGAYA」である。その誕生には、目標金額1,500万円という大規模なクラウドファンディングへの挑戦があった。卒業生を中心とした人々からの熱いエールが届き、見事に目標を達成。現在はその返礼品の宿泊券を利用し、全国から多くの人々が訪れている。

客室は、やんばるの森に棲む生き物や植物をモチーフにした「寓話」の世界観でデザインされている。ここには大きな浴室はなく、シャワーやトイレは共同だ。
「便利すぎること、整いすぎていることだけが価値ではない」という考えのもと、あえて大宜味のありのままの日常に溶け込むことを重視し、「足りないこと」を享受する静かな時間を提示している。
宿泊者の約7割が県外からの旅人であり、外部の資金を地域へと還元する、新しい経済循環の形も生まれ始めている。

廃材が繋ぐ「食育」と「伝統」|工房うるはし
喜如嘉翔学校の一角で、沖縄の食文化の根底を見つめ直しているのが「工房うるはし」だ。ここでは、沖縄を代表する果実・シークヮーサーの木を使った「琉球箸」作りを体験できる。

材料となるのは、農家が剪定の際に切り落とし、本来は廃棄されるはずだった枝。シークヮーサーの木は驚くほど硬く、弾力に富み、折れにくい。代表の鈴木 仁さんは、この「廃材」に再び命を吹き込み、自分だけの道具へと変えるプロセスを何より大切にしている。

背景にあるのは、沖縄が辿った特有の戦後史だ。アメリカ統治下で小麦や肉食文化が急速に浸透した沖縄では、日本本来の「箸を使う」習慣や文化継承が、本土以上に希薄になりつつある。
鈴木さんは「箸を正しく使えない子どもが増えている」という現状に危機感を抱き、自らの手で道具を削り、磨き上げる体験を通して、食文化の再生を試みているのだ。
この精神的な深みと伝統的な美しさは、日本人だけでなく、海外からの旅人をも惹きつけている。近隣に住む米軍関係者や外国人観光客にも人気が高く、自身の名前を刻む「名前入れ」体験は、自分だけの道具を慈しむ入り口となっている。

ただの「廃材」だった枝が、時間をかけて自分だけの「道具」へと姿を変えていく。その体験は、使い捨てが当たり前になった現代において、一つのモノを長く愛でる感覚を取り戻すひとときとなる。自作の箸で食事をいただくという行為は、食べる意味を問い直し、生命の循環に感謝を捧げる、最も身近な「食育」なのかもしれない。
参照:工房美箸(工房うるはし)
焼却炉から、蒸気(ロウリュ)の聖地へ|BUNA SAUNA
喜如嘉翔学校の敷地内、校舎から少し離れた場所に、特有の佇まいを見せる場所がある。かつて学校の運営を支えていた「焼却炉」だ。
本来、役割を終えた焼却炉は壊されるべき「負の遺産」と見なされる。しかし、店主の幸野志勇(こうの しゅう)さんは、この場所をサウナへと生まれ変わらせた。

土地の記憶を繋ぐ装置として、火を扱い、命を浄化する「再生の場」へと転換させた。かつて“ごみ”が燃やされていた空間で、今は土地の植物が柔らかな蒸気(ロウリュ)となり、旅人の心身を解きほぐしている。
幸野さんが自ら喜如嘉の森に入り、月桃や琉球松を調達するプロセスは、単なる採取ではない。それは山を整え、森に光と風を届けるための「剪定」という営みだ。その過程で得た恵みを自ら蒸留し、サウナの香りに変える。さらに使用した植物は再び苗として山に返し、土中の水脈や空気の道を調律し続けている。

「地球の循環」を身体を通して再確認するこのリチュアル(儀式)は、効率を優先する現代社会でバラバラになった私たちの感覚を、再び土地の呼吸と結び直してくれる。サウナという行為を土地の負担にはせず、環境を「正」の方向に導くための営みへと変えている。
幸野さんはイベント「やんばる植物万有記」などを通じ、自らのノウハウを惜しみなく共有している。そこで交わされるのは、「いかに自然と共存するか」という哲学。その熱狂が境界線を溶かし、コミュニティ全体の化学反応へと発展している。

BUNA SAUNAでの体験は、一時的なリラックスを超え、自らが「地球の循環の一部」であることを体感する旅だ。沖縄の豊かな自然に身を委ねていると、絶え間なく続く大きな「再生の輪」の中に自分がいることに気づかされる。
「整う」という言葉の先にある、土地との再会。精霊ブナガヤが今も「火と山」を見守るこの場所で、私たちは消費するだけの旅を卒業し、共に未来を再生する “第一歩”を踏み出す。
参照:サウナ – 喜如嘉翔学校
沖縄が描く「エシカルトラベル」という名の生存戦略
今回の取材で見えたのは、単なる環境保護活動の羅列ではなかった。それは、地域資源を循環させ、関係人口を増やし、経済を持続させるための強靭な「地域経営のエコシステム」そのものだった。
沖縄は今、観光のOS(基本ソフト)を書き換えようとしている。成長から、循環へ。消費から、再生へ。そして義務から、楽しさへ。
「楽しみながら、責任ある行動を」。沖縄が提示するこの新しい旅のスタイルは、日本の観光産業が目指すべき「未来の設計図」になるに違いない。
取材協力:一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー、近畿日本ツーリスト沖縄
