なぜ「お金を払って」ごみを拾うのか? 観光の常識を覆す「プロジェクトマナティ」が仕掛ける、善意とデザインの革命

沖縄の透き通るような青い海、白い砂浜。その絶景の中に、鮮やかな黄色と青のバッグを肩にかけ、笑顔でごみを拾う人々の姿がある。
彼らは決して「ボランティア」ではない。自ら500円を支払い、貴重な旅の時間を使ってこの活動に参加している「観光客」だ。
そこには、奉仕活動につきまとう特有の“堅苦しさ”は微塵もない。あるのは、アクティビティを楽しむ高揚感と、地域と深く繋がる、温かな充足感である。
沖縄県名護市などを中心に展開される「プロジェクトマナティ」。ビーチクリーンを観光アクティビティへと昇華させ、修学旅行生から海外からの観光客までを巻き込むこのムーブメントは、いかにして生まれたのか。
その裏側には、徹底した「人間心理のデザイン」と、あえて効率を捨てることで生まれる「経済の好循環」があった。
「海をきれいに」という善意の空回りを止める
「実は、沖縄の海をきれいにしたいという善意が、逆に地域を苦しめてしまうことがあるんです」
プロジェクトマナティ代表の金城 由希乃さんは、取材の冒頭でそう語った。近年、環境意識の高まりとともに、旅先でビーチクリーンを行う旅行者は増えている。しかし、海辺の漂着ごみは、家庭ごみとは分別ルールが異なり、その処理には専門的な知識とコストを要するのだ。

良かれと思って拾い集めたごみ袋を、「誰かが回収してくれるだろう」とビーチの入り口に置いて帰る。しかし、管理者のいない自然の海岸では、それは回収ルートに乗らない単なる「不法投棄」となってしまう。さらに深刻なのが、置き去りにされたごみが「呼び水」となる現象だ。
金城さん:「あ、ここはごみを捨てていい場所なんだ」という誤解があっという間に広がります。たったひとつのごみ袋が、翌日には、倍のごみの山になっていることも珍しくありません。

また、拾ったごみを近隣の店舗に持ち込むケースも後を絶たない。誇らしげに持ち込まれても、店舗側にとっては予期せぬ負担であり、高額な「事業系ごみ」としての処理費用も発生する。しかし、相手は善意の旅行者だ。迷惑とも言えず、笑顔で受け取り、裏で溜息をつく――。
金城さん:みんなが良い人だからこそ、表立って文句が言えない。この「善意の空回り」による摩擦を解消し、地域への愛を正しく循環させる仕組みが必要でした。
そこで生まれたのが、プロジェクトマナティだ。仕組みは至ってシンプルである。
- パートナー店舗で500円を支払い、専用バッグを借りる。
- ビーチでごみを拾い、店舗へ返却する。
- 預かったごみは、地域ルールに則って適切に処理される。
たったこれだけの仕組みが、行き場のない善意に「出口」を作った。旅行者の「何かしたい」という想いを、地域を傷つけることなく行動へと変えたのである。

「パリピ視点」は最強。自己肯定感をデザインする
驚くべきは、「お金を払ってまでごみ拾いをする」という行為に、多くの観光客が嬉々として参加している事実だ。なぜ人は、対価を払ってまで“ごみ拾い”を求めるのか。その秘密は、徹底した「体験のデザイン」にある。
金城さん:ただ黙々とごみを拾っていても、その行為は周囲に伝わりにくいですし、何より楽しくありません。だからこそ、海で一番目立つ「黄色と青のバッグ」を作り、貢献を可視化することに徹底的にこだわりました。
この鮮やかなバッグを肩にかけること。それは「私は地域と協力して良いことをしている」という意思表示であり、旅人としての健全なプライドを満たす「勲章」となる。参加者は、ごみ拾いという労働に対価を払っているのではない。地域との繋がり、そしてそこから得られる「自己肯定感」を購入しているのだ。

金城さん:「楽しそう」や「可愛い」という直感的な入り口こそが重要です。高校生が「このバッグ可愛い!」と言って参加してくれるように、デザインの力が世代を超えた共感を生み出しています。私は、この「パリピ視点」こそが最強だと思っています。
さらに金城さんは、パートナー店舗に対してある一つの「禁止事項」を設けている。それは、参加者に対する物質的なお礼の禁止だ。人情味の厚い店主たちは、つい「ありがとう、コーヒーをご馳走するよ」と言いたくなる。しかし、金城さんはそれをあえて止める。
金城さん:もし「コーヒー付き」と書いてあったら、周りから「あの人たちはコーヒー目当てでやってるんだ」と思われてしまうかもしれません。それは参加者の本意ではないはずです。何ももらえないのに、自分の意志でやっている。そう思われる方が、参加者にとっても誇らしいし、スマートでかっこいいですよね。
報酬や見返りがないからこそ、その行動は自律的で美しい。「強制」ではなく、デザインと心理的な演出によって、つい「拾いたくなる」状況を作る。これぞまさに、行動経済学における「ナッジ(そっと後押しする)」の真髄といえるだろう。
海流が運ぶ「世界の現実」
プロジェクトマナティの仕組みを最前線で支えているのは、地域のパートナー店舗だ。名護市でパン屋を営むポーランド出身のナティさんもその一人。彼女はプロジェクトへの参加以前から、個人でビーチクリーンを続けてきた。
ナティさん:子どもたちとこのビーチに遊びに来る度、ごみを見ると胸が痛みます。確かに私たちが捨てたごみではありません。でも、「このごみ、動物たちが食べちゃうかもしれないよ」と子どもに教えながら、一緒に拾い続けてきたんです。
そんな折、古い友人である金城さんからプロジェクトの話を聞き、彼女は二つ返事で参加を決めた。今では、彼女の店を訪れるポーランド人観光客など、多くの外国人が彼女の言葉に動かされ、ビーチクリーンを楽しんでいる。

「一見きれいに見えても、よく見るとマイクロプラスチックのような小さな破片が無数に落ちている」と金城さんは指摘する。生態系にとって真に脅威なのは、生き物が誤食しやすい「小さなごみ」だ。
そのため、参加者には「袋をいっぱいにして達成感を得るよりも、ぜひ小さなごみを意識してほしい」と伝えている。ナティさんもまた、命を守る視点から「危険なごみ」の分別を徹底している。
ナティさん: バッテリー、釣り針、割れたガラス。これらは別の箱に入れてもらいます。私たち大人は、子どもたちが怪我をしないよう、危険なものを先に見つけてあげる責任がありますから。
ごみを通して、世界が繋がっている事実が見えてくることもある。金城さんは、台湾の国際会議で得た鮮烈な知見を語ってくれた。
金城さん:ごみの流れを辿れば、世界の潮目が分かります。実は、ここ沖縄や台湾には、日本のごみはほとんど流れてきません。日本のごみは黒潮に乗り、ハワイやロサンゼルスの方へ運ばれてしまう。逆に私たちアジア側は、中国や東南アジアからの漂着ごみに悩まされている。つまり、世界中の誰もが「誰かのごみ」に向き合っているんです。
プロジェクトマナティでの体験は、単なる清掃活動ではない。漂着ごみを通じて、海流の繋がりや地球規模の課題を身体感覚で理解する。それは、どんな教科書よりもリアルな「地球の呼吸」に触れる学びの場となっている。

あえて効率化しない。アナログな手間が経済を回す
ビジネスの視点で見れば、予約から決済、回収場所の確認までをすべてスマートフォンアプリで完結させれば、はるかに効率的に運用できるはずだ。実際、代表の金城さんのもとには「もっとシステム化すべきだ」というアドバイスも多く寄せられるという。
しかし、彼女は首を横に振る。プロジェクトマナティでは「あえて効率化しないこと」を何よりも大切にしているからだ。
金城さん:すべてをデジタルで完結させてしまったら、そこに人とのコミュニケーションが生まれなくなってしまいます。お店の人に「お願いします」と声をかけて道具を借り、終わったら「ありがとうございました」と返す。このアナログなやり取りの中にこそ、心の交流ができる“余白”があるんです。

プロジェクトマナティの目的は、ごみをゼロにすることだけではない。ごみ拾いを一つのきっかけ(観光コンテンツ)として、そこから「ありがとう」の循環や、地域を良くしたいという心の交流を生み出すことにある。だからこそ、手間のかかるアナログなスタイルを貫く。そしてその「手間」こそが、結果として大きな経済的価値を生み出していく。
「関係性ができると、ものの価値が変わるんです」と金城さんは力説する。例えば、店舗の片隅で売られている、地元のおばあが作った調味料。一見すると「高い」と感じるかもしれない。
しかし、プロジェクトマナティを通じて店主と仲良くなり、その背景にある物語を知った後ならどうだろう。「あのおばあが一生懸命作ったものなら、むしろ安い。価値がある」と納得し、喜んで購入に至る。
金城さん:実際、決してアクセスが良いとは言えない場所にあるパートナー店舗でも、このプロジェクトをきっかけに訪れた方が、Tシャツや特産品などを驚くほどたくさん購入してくださった事例が多々あります。単なる「観光客と店」という一過性の関係を超え、人と人との温かい「繋がり」が地域経済を潤していく。それこそが、私たちが目指している未来です。
一度訪れて終わりではない。人と人との絆が再訪を促し、地域のファン(関係人口)を増やしていく。一見すると非効率に思えるアナログなコミュニケーションこそが、実は最も強力で持続可能なマーケティングとなっているのだ。
人間力で回す、持続可能なインパクトツーリズムへ
個人の「楽しさ」を起点に始まったこのプロジェクトは今、新たなフェーズに入っている。80箇所以上に広がった地域ネットワークを活用し、修学旅行や企業研修といった大規模な受け入れを開始したのだ。
金城さん:一度に600人の修学旅行生を受け入れることもあります。この場合はワンコインではなく、管理や環境学習プログラムを含めた「コンテンツ料」として、事業としての適正な対価をいただきます。そこで得た収益を、個人が気軽に参加できる仕組みの維持に回す。そうすることで、プロジェクト全体を持続可能なものにしているんです。

かつての沖縄観光は、広大な駐車場と巨大な箱物施設を作り、バスで大量の人を輸送するスタイルが主流だった。しかし、金城さんが描く未来は、それとは正反対の場所にある。
金城さん:大規模な開発をしなくても、「人間力」だけで人を呼び込み、ハッピーな循環を作ることはできます。「ボランティアを観光商品にするなんて」という声もありましたが、実際には「貢献したい」というニーズはこれほどまでに高まっている。600人が一斉に地域に分散し、土地の人と触れ合いながら活動する。これは私が最初から描いていた夢でした。
500円で1時間、誰でも気軽に参加できる「パリピ」なごみ拾い。その軽やかな入り口の奥には、緻密に計算された行動デザインと、地域経済を駆動させる強かなビジネスモデル、そして何より「美しい海を次世代に残したい」という切実な願いが息づいている。
個人の楽しみを起点にした「ナッジ」が、今やマスツーリズムのあり方さえも持続可能な形へと変えつつある。プロジェクトマナティが示す軌跡は、観光という産業が持つ真の可能性を、私たちに静かに、しかし力強く問いかけている。
参照:プロジェクトマナティ
取材協力:一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー、近畿日本ツーリスト沖縄
