イギリスの伝統を西海岸の海が「再生」する。カナダ・ビクトリアで味わう、未来へ繋ぐフィッシュ&チップス

「北米で最もイギリスらしい街」と呼ばれるカナダ・ブリティッシュコロンビア州の州都、ビクトリア。街を歩けば、歴史的な建造物やイングリッシュガーデンなど、大英帝国の面影が今も色濃く残っている。
そんなイギリス文化を象徴するソウルフードといえば「フィッシュ&チップス」だ。しかしここビクトリアでは、その伝統食が地元の海洋生態系を守り、多文化なアプローチを取り入れることで、現代の価値観へと見事にアップデートされていた。
今回訪れたのは、環境と食文化の「再生」を体現するレストラン「Fishhook(フィッシュフック)」。その店名が意味する「釣り針」には、底引き網などで海を乱獲するのではなく、環境負荷の低い漁法で獲られた海の恵みだけを提供するという、強い哲学が込められている。海への深い敬意とともに紡がれる、リジェネラティブな食体験をお届けする。
白身魚から地元産サーモンへ。歴史と風土の融合
かつてイギリスからの移民や海軍がこの地に持ち込んだフィッシュ&チップスは、安価で栄養価の高い故郷の味として親しまれた。本国ではタラなどの白身魚を使うのが一般的だが、Fishhookでは目の前に広がる太平洋の豊かな海の幸、パシフィック・サーモンへと主役を置き換えている。
魚のオブジェが並ぶFishhookの店内は、ローカルの活気に溢れている。ここで提供されるのは、一見すると意外な「インド料理 × フランス料理」のフュージョンだ。これは、創設シェフであるクナル・ゴーシュ氏自身のベンガルとイギリスのルーツ、そしてかつてフランス領だった南インドの街「ポンディシェリ」の歴史的背景にインスピレーションを得ている。

フランス料理の伝統技法(チャウダーやタルティーヌなど)で素材の繊細な旨味を引き出し、インドの芳醇なスパイスで、冷たい海で育った地元産シーフードの風味を極限まで高める。単なる伝統の模倣ではなく、多様な移民文化が交差するカナダならではの、歴史と風土を鮮やかに掛け合わせた新しい食文化の形がそこにあった。
食べることで海を守る「Ocean Wise」の選択
この店が提供するシーフードの最大の特徴は、カナダ発のサステナブル・シーフード基準「Ocean Wise Seafood」に認定されている点だ。

2005年にバンクーバー水族館が設立したこのプログラムは、単なる環境配慮のスローガンではなく、厳格な科学的評価に基づいている。以下の4つの厳しい基準を満たした海産物にのみ、この認定マークが与えられる
- 対象となる水産資源が豊富で回復力があるか
- 最新の研究に基づき適切に漁獲量が管理されているか
- 混獲(目的外の海洋生物の巻き添え)を最小限に抑えているか
- 海洋生態系や生息環境を破壊していないか
つまり、過剰漁獲を防ぎ、持続可能な方法で獲られた海産物のみを選ぶシステムが構築されているのだ。それは、私たちが美味しい食事を楽しむこと自体が、そのまま海洋生態系の保護と「再生」のアクションに直結することを意味している。

和やかな雰囲気の店内では、後から入ってきたお客さんに「これ、すごく美味しいよ!」とフィッシュ&チップスを勧める先客の姿があり、地域に愛されているコミュニティの温かさが伝わってくる。また、メニューのほとんどがグルテンフリーで作られており、食の多様性への配慮も欠かさない。
Fish & Chips Salmon(サーモンのフィッシュ&チップス)

運ばれてきたフィッシュ&チップスは、サクサクに揚がっているのにも関わらず、全くベトつかない軽やかな衣が特徴的だ。フィンガータイプで提供されるため、そのまま手で豪快に齧り付く。

Ocean Wise認定の天然サーモンの身はしっかりと引き締まっており、驚くほど柔らかくジューシーな味わいが口いっぱいに広がる。色鮮やかな、あらゆる野菜の自家製ピクルスが良いアクセントになり、最後まで飽きさせない。
Fishhook Chowder(フィッシュフック・チャウダー)

ココナッツミルクとスモークフィッシュの出汁をベースにしたチャウダー。スプーンを入れると、タイムとチリでローストされたポテトや、タラのコンフィ、そして人参、玉ねぎなどの野菜がゴロゴロと顔を出す。スパイスの香りと素材の旨みが複雑に絡み合い、冷えた身体を芯から温めてくれる。
土に還る素材と、食を無駄にしない精神
この店が掲げる「再生」の哲学は、至る所で見つけることができる。例えば、フィッシュ&チップスに添えられたソースの容器には、「100% Certified Compostable(堆肥化可能製品)」の文字とともに、北米で広く認知されている「BPI認証(Biodegradable Products Institute)」のマークが付随している。

BPI認証とは、製品が北米の厳格な科学的基準(ASTM規格)を満たし、確実に堆肥化可能であることを証明する主要な第三者認証である。メーカーが独自に「エコ」や「植物由来」を謳うだけの製品(いわゆるグリーンウォッシュ)とは一線を画し、消費者や処理業者が信頼できる絶対的な指標として機能している。
BPIの認証プロセスは極めて厳格だ。商業用の堆肥化プロセスで完全に分解されることはもちろん、発がん性物質やフッ素化合物に対する厳しい制限が設けられており、分解後の堆肥の品質に一切の悪影響を与えないことが保証されている。

ボリューム満点の食事を食べきれなかった際、レストランスタッフが快く渡してくれた持ち帰り用の箱も、同じくBPI認証を受けたコンポスタブル容器であった。フードロスを出さずに最後まで命の恵みを美味しくいただき、食後は不要になった容器をまるごと安全な土へと還すことができるのだ。
歴史あるイギリス文化を尊重しながら、現在の豊かな海を守り、コンポストや食の多様性を通じて未来の食文化を育んでいく。そして何より、ここで味わう料理は驚くほど美味しい。
そのシンプルで力強い美味しさこそが、食べる者に「この豊かな海の恵みをずっと残していきたい」という心からの感謝を抱かせてくれる。Fishhookでのひとときは、まさに「リジェネラティブ」を心と舌で体現する、至福の食体験であった。
Fishhook(フィッシュフック)
住所: 805 Fort St, Victoria, BC V8W 1H6, Canada
公式サイト: https://fishhookvic.com/
