観光の「足」をどう脱炭素化するか?カナダ・IMPACTサミットで語られた、交通のサステナビリティ【現地レポ】

2026年1月26日、カナダ・ビクトリアで開催されたサステナブルツーリズムの国際会議「IMPACT Sustainability Travel & Tourism Summit」。世界中からDMO(観光地域づくり法人)、事業者、研究者が集うこのサミットにおいて、「観光と交通における脱炭素化とサステナビリティ」と題されたパネルディスカッションが行われた。
登壇者は、地元ビクトリアの交通・クルーズ拠点運営を担うSSA Marineのシニアディレクター、デビッド・ロバーツ氏(David Roberts)、ニュージーランド・クイーンズタウンのDMO「Destination Queenstown」CEOのマット・ウッズ氏(Mat Woods)、そしてモデレーターとしてビクトリア空港公団(YYJ)CEOのエリザベス・ブラウン氏(Elizabeth Brown)が並んだ。
気候変動という待ったなしの課題に対し、観光の「足」である交通手段をどう変革すべきか。現場のリーダーたちが語ったのは、華々しい成功譚ではなく、失敗から学び、現実的な一歩を積み重ねる「泥臭い実践」の記録であった。
逆風を力に変える「タッキング」の発想
観光産業は今、環境負荷の低減という強いプレッシャーに晒されている。そんな中、鍵となる考え方が「タッキング(Tacking)」だ。
タッキングとは、ヨットの航海用語である。ヨットは風の力で進むが、真正面からの風(向かい風)を受けては直進することができない。そこで、船首を風に対して斜めに向け、左右にジグザグに進路を取りながら、最終的な目的地を目指して前進する。
脱炭素というゴールは変わらない。しかし、真正面から最短距離でそこへ到達しようとすれば、莫大なコストや未成熟な技術という壁に押し戻されてしまう。だからこそ、今できる角度からアプローチを変え、着実に前進し続ける姿勢が大切なのだ。
たとえ遠回りに見えても、確実に目的地へ近づく舵取りが求められている。今回の彼らの対話から浮かび上がってきたのは、技術と運用、そして心理の三位一体によるアプローチであった。
「Bleeding Edge(血を流す最先端)」の教訓
議論の中で最も会場の空気を変えたのは、デビッド・ロバーツ氏が明かした「失敗の告白」である。ビクトリアの交通業界ではかつて、環境配慮への意欲から、北米初となる電気二階建てバス「スパーキー(Sparky)」を導入した実績がある。
しかし、その結果は惨憺たるもので、5年間で稼働したのはわずか45日だった。170万ドル(約1億9210万円 *1CAD=113円換算)もの投資を行ったにもかかわらず、技術的な未成熟さと維持管理の難しさから、バスはほとんど車庫に眠ることとなったのである。
ロバーツ氏はこの経験を、「Leading Edge(最先端)」を目指したつもりが、実際には「Bleeding Edge(痛みを伴う、血を流す最先端)」だったと振り返る。アイデア自体は正しかったが、タイミングとインフラが追いついていなかったのだ。

この教訓は、日本の観光事業者にとっても決して他人事ではない。現在、日本国内では「二次交通の課題解決」と「脱炭素化」を一挙に担う存在として、グリーンスローモビリティ(グリスロ)や小型EVバスの導入が各地の観光地で進んでいる。これらは多くの場合、手厚い補助金制度の後押しを受けている。
しかし、導入ありきで進めば、北米の事例と同じ轍を踏むリスクがある。日本の地方部において深刻なのは「メンテナンス人材の不足」だ。高電圧を扱うEVモビリティの整備には専門的な知識が必要であり、地元の自動車整備工場では対応できないケースも少なくない。また、寒冷地におけるバッテリーの急激な性能低下や、特殊な海外製部品の調達難といったハードルも存在する。
数年間の実証実験や補助対象期間が終了した途端、修理費用が捻出できず、高額なEVモビリティが観光地の一角で「動かないオブジェ」と化す可能性もある。リジェネラティブ(再生型)な観光とは、地域資源を長く有効に活用し、循環を生み出すことにある。ハードの導入だけで終わらせてしまうのであれば、それは最も環境負荷の高い行為となってしまうだろう。
「測定」と「効率化」という現実解
手痛い失敗を経て、ロバーツ氏らが選んだのは「測定」と「効率化」という、より現実的なアプローチであった。
まず着手したのは、専門機関(Synergy社)と連携したカーボンフットプリントの正確な測定である。現状の排出量を把握せずして、削減は不可能だ。その上で、彼らは「資産寿命」という課題に向き合った。バスや船舶は通常25年程度の寿命を持つ。これらを即座にすべてEVに買い換えることは、経済的にも資源的にも合理的ではない。
そこで彼らが導き出したのは、以下の二つの現実解である。
1. 輸送効率の最大化(台数から人数へ)
56人乗りのバスを、80人乗りの二階建てバスへと切り替えた。車両台数を増やさずに、一度に運べる人数を増やすことで、一人当たりの排出量を削減し、同時にビクトリア市内の交通渋滞緩和にも寄与したのである。
日本の観光地においても、やみくもに大型EVバスを新車購入する前に、オンデマンド交通システムを活用した「乗車率(積載効率)の向上」というソフト面でのアプローチが有効であることを示している。
2. つなぎの技術の活用
完全な電動化までの移行期間として、既存のディーゼルエンジンでも使用可能な「R100(100%再生可能ディーゼル)」を導入した。
日本でも、廃食油を活用したバイオ燃料(SAFや次世代バイオディーゼル)の社会実装が進みつつある。既存のディーゼルバスという「使い慣れた資産」を延命させながら環境負荷を下げるアプローチは、極めて現実的な戦略である。
これらは派手な技術革新ではないかもしれない。しかし、既存の資産を活かしながら着実に負荷を減らすこの姿勢こそ、真にサステナブルな経営判断といえる。こうした地道な取り組みの結果、同社は北米の運送会社として初めて「B Corp認証」を取得するに至っている。

DMOが仕掛ける「FOMO」とイノベーション
一方、ニュージーランド・クイーンズタウンから登壇したマット・ウッズ氏は、「地域のストーリーテラー」としてのDMOの役割を強調した。
「なぜDMOが輸送に関わるのか」という問いに対し、ウッズ氏は「脱炭素化を経済的な競争力に変えるためだ」と答える。クイーンズタウンでは、会員企業約2,000社に対し、「脱炭素に取り組まなければ、ビジネスチャンスを逃す」という「FOMO(Fear Of Missing Out:取り残される恐怖)」をポジティブに活用する戦略をとった。義務やコストとしてではなく、「選ばれるためのプレミアムな価値」としてサステナビリティを位置づけたのである。
また、ウッズ氏は観光地を「イノベーションのショーウィンドウ」と定義する。旅行者は非日常の空間において、新しい技術や体験に対してオープンな心理状態にある。

同地で開発された「世界初の電動ジェットボート」はその好例だ。従来のV8エンジンの轟音ではなく、EVならではの「静寂」と「圧倒的な加速」という新しい価値を提案したことで、観光客に熱狂的に受け入れられた。「エンジン音が消えたことで、川のせせらぎや鳥の声が聞こえるようになった」という体験価値の転換である。
日本のグリスロも、単なる移動手段ではなく「時速20kmだからこそ楽しめる地域の風景や、住民との対話」という体験に昇華できれば、それは立派な観光資源となる可能性を秘めている。
失敗を共有し、面で進む
本セッションを通じて明らかになったのは、導入するだけで全てを解決する「特効薬」は存在しないという事実だ。脱炭素化への道のりは、失敗を恐れずにデータを測定し、既存の資産を効率化し、地域の事業者を巻き込んでいく地道なプロセスの積み重ねである。
日本の観光地が「サステナブルツーリズムの先進国」として世界から選ばれ続けるためには、補助金によるハードの導入だけでなく、それを支えるソフト、つまりは維持管理体制、人材、そして体験としてのストーリーが不可欠だ。数年後にモビリティを「動かないオブジェ」にしないためにも、私たちは北米の「Bleeding Edge」の教訓を深く胸に刻む必要がある。
「逆風」を嘆くのではなく、進路を工夫し(タッキング)、地域全体で前に進むこと。それが、次世代に選ばれる観光地への確実な航路となるだろう。
本記事に関するお問い合わせ
株式会社アスエク「リジェネ旅」編集部
(※本記事はIMPACT Sustainable Travel & Tourism Summitのセッション内容を基に構成しています)
