【現地レポ 後編】カナダ・ビクトリア IMPACT 2026。恐れずに行動する勇気と、未来への誓い。

カナダ西海岸の港町ビクトリアで開催された「IMPACT Sustainable Travel & Tourism Summit 2026」。後編となる本レポートでは、サミット本編の締めくくりとなる最終日プログラムの模様をお届けする。最終日のテーマは、ずばり「行動」だ。
基調講演で警告された「淡水資源の枯渇」の危機を受け、待ったなしの状況にある水資源と海を守るための議論。誰もやったことがない領域へ「最初の一人」として踏み出す先駆者たちの勇気。そして、参加者全員が自らのアクションを宣言するクロージングセッション。
3日間にわたり知見とインスピレーションを浴び続けた私たちは、それをどう実践へと昇華させるのか。未来の観光のあり方を決定づける、ビクトリアでの集大成をお伝えする。


海と水を守る。観光業に課せられた使命
初日の基調講演で「淡水資源の枯渇」が警告された通り、海と水の保護は、観光業の根幹を揺るがす喫緊の課題だ。BC州 観光産業協会のCEOであるWalt Judas氏の進行のもと行われた本セッションでは、海洋保護区(MPA:Marine Protected Area)を巡る誤解を解き、観光業がいかにして環境保護のための「強力なアドボカシー(政策提言)」を展開できるかが語られた。

Gros Morne InnおよびTour Gros Morneの共同オーナーとしてニューファンドランド州で活動するRebecca Brushett氏は、海洋保護区の指定が「漁業や観光を締め出す」という一部の企業による「悪質な偽情報」の蔓延を危惧する。実際には、保護区の大部分は持続可能な観光や漁業に開かれており、環境が守られることで観光資源は維持され、地域への連鎖的な投資も生まれるのだ。
Rebecca氏は、拠点とするグロス・モーン国立公園での成功体験を語った。2013年頃、この美しいフィヨルドの真ん中で、石油・ガス業界によるフラッキング(水圧破砕法)計画が持ち上がった。絶体絶命の危機に対し、観光業者、非営利団体、そして地域コミュニティが強固に連帯し、「非交渉」の姿勢で激しく抵抗した。[1]
最終的にはユネスコが「開発を強行するなら世界遺産指定を取り消す」と勧告する事態となり、見事に開発を阻止したのである。「私たちの声が不当に解体されようとしている今こそ、観光産業という経済の牽引役が一緒に声を上げる必要があるのです」とRebecca 氏は力を込めた。
これに呼応するように、環境分野の非営利団体 Sierra Club BC のアソシエイトディレクターであるShelley Luce博士も、BC州沿岸に広がる「グレート・ベア・シー(Great Bear Sea)」の重要性を説いた。バンクーバー島北部のキャンベルリバーからアラスカ国境まで、10万平方キロメートルに及ぶこの広大な海洋保護ネットワークは、シャチやサケ、古代のガラス海綿礁などを守るためのものだ。

この保護区が掲げる6つの目標の1つに、堂々と「観光とレクリエーションの機会の維持」が明記されている。「観光業は保護区を支える重要なステークホルダーです。もしタンカーの航行制限が解かれ、サケの遡上する川で原油流出が起きれば、数十年単位で観光業も回復できなくなります。バラバラになりがちな事業者が声を一つにし、アドボカシー活動を通じて、政治に対する影響力を持たなければなりません」とShelley博士は提言する。

一方で、バンクーバー島の西海岸に位置するユクルーレット水族館協会のエグゼクティブディレクター、Laura Griffith-Cochrane氏は、観光が持つ「もう一つの根源的な力」を提示した。同水族館は、世界的にも珍しい「キャッチ・アンド・リリース」方式を採用している教育型施設だ。展示されるのは近海の海洋生物のみであり、数ヶ月間展示された後、すべて元の海へと還される。このユニークな取り組みの根底にあるのは、来館者と地域のエコシステムとの間に「深くて感情的なつながり」を築くという明確な目的である。

Laura氏にとって、観光業とは「自然とのつながりを取り戻すヘルスケア」だ。理学療法士や医師が、患者が “自身の身体とのつながり” を取り戻す手助けをするように、観光業者は “現代人が自然環境と再接続する”のを手助けできるという。
だからこそ、Laura氏は「カナダの石油やガスをサステナブルに輸出できるか」という問いに対し、その言葉の欺瞞を鋭く突く。
地球はすでに喘息や骨の痛みを抱えた「病気の体」です。若くて健康な体が風邪を引くのとはわけが違います。サステナブルかどうかではなく、これ以上どれだけ地球への「害」を許容するかの問題なのです。
厳しい現実を突きつけるLaura氏だが、アプローチは決して悲観的ではない。彼女が強調したのは、著名な海洋生物学者ダニエル・ポーリー博士が提唱する「シフティング・ベースライン(基準のズレ)」という概念だ。
私たちが美しい海を保護区として残さなければ、未来の世代は、ゴミだらけで劣化した海を見て「これが普通(ベースライン)だ」と思い込んでしまいます。観光業は、人々に「本当の美しい自然」を直接見せ、かつての基準を思い出させる重要な役割を担っているのです。
義務感で環境保護を説教するのではなく、パドルボーダーや釣り人など、皆が海を愛する重なり合った理由を見つけ、楽しくビーチクリーンを行う。自然の美しさと脆さを直接体験させ、海を愛する対象に変えること。それこそが、海を守るための最も確実な「行動」の入り口となるのだ。
「最初の一人」になる勇気:未知の領域を切り拓く
サステナビリティから「再生(リジェネレーション)」へとシステムを移行させるには、前例のない未知の領域へ踏み出す「最初の一人」が必要だ。「Meaningful Travel(意義ある旅)」を推進する米国の非営利団体Tourism CaresのCEO、Greg Takehara氏の進行のもと、業界のファーストペンギンとして道を切り拓いてきた2つのパイオニア企業が登壇した。
一人目は、ビクトリアを拠点とする「Eagle Wing Tours」の共同オーナー兼キャプテンを務めるBrett Soberg氏だ。同社は自らを「たまたまホエールウォッチングを提供している、環境保全組織」と定義するエコツーリズム企業である。

Brett氏は、自然回復を事業の中核に据える同社のネイチャーポジティブ戦略について、「自然はビジネスの単なる『背景』ではなく、ビジネスを成立させる『生きた基盤』だ」と語る。一方で、パイオニアとしての道のりは孤独であり、業界からの懐疑的な目や財務的プレッシャーに晒されるという泥臭い現実も明かした。
二人目は、B Corp認証を取得している世界最大級のアドベンチャートラベル企業 Intrepid Travel のコミュニケーション担当副社長、Mikey Sadowski氏だ。同社は世界120カ国以上でツアーを展開し、サプライチェーンの92%を現地資本で構築しながら、年間売上が10億ドル(約1,150億円 *1CADドル=115円で換算)に迫る巨大企業である。

Mikey氏は、米国の国立公園の環境保護を訴え、旅行者を単なる「お客様」から、自ら社会課題の解決を支持し声を上げる「アドボケイト(代弁者)」へと変える「アクティビズム(社会運動)・ツアー」という大胆な試みを紹介した。政治的なテーマに踏み込む際、彼らが自問するのは「沈黙を破るなら、沈黙よりも価値のある言葉を語れるか」ということだ。
「壁を最初に突き破る者は必ず血を流します。私たちは、すべての人に好かれようとして中途半端になることをやめました。『私たちを好きではない人』や『私たちの顧客ではない人』がいるという事実に、居心地の悪さを感じない覚悟が必要です」とMikey氏は語る。
彼らは口を揃えて「完璧である必要はない」と言う。グリーンウォッシュを避けるには、“失敗を含めた”透明性が不可欠だからだ。Brett氏はこの点について、「グリーンウォッシュは、ストーリーが実態より前に進んでしまった時に起こる」と指摘する。
Eagle Wing Toursではグリーンウォッシュを防ぐため、「評価・約束・変革・公開」という4つのステップを厳格に守り、上手くいかなかったことも含めて毎年レポートを公開している。

さらにMikey氏は、グリーンウォッシュの派生形として近年広がる「ローカルウォッシュ」にも警鐘を鳴らした。
“地元の人に会えます”という言葉は、現地の人々を都合よく商品化(コモディティ化)してしまいます。アンデス山脈に住むケチュア族の女性なのか、バンクーバーの住民なのか。私たちは主語を明確にし、現地の声を搾取しないコミュニケーションを徹底しています。
Greg氏が「パイオニアは謙虚すぎるきらいがあるが、今はその行動を大いに語るべき時代だ」と総括したように、先駆者たちの苦悩と実践は、後に続く者への最高の道標となる。
セッションの終盤、Mikey氏が残した「自分がドアを打ち破ったら、後に続く人たちのために、そのドアを開けたままにしておいてほしい」という言葉は、業界全体が「競争」から「共創」へとシフトするための力強いエールとして会場に響いた。
団結し、誓い、行動せよ(UNITE. COMMIT. ACT.)
「会議室で素晴らしい話を聞いた」で終わらせないのが、IMPACTの最大の特長だ。サミットの締めくくりとなる本セッションでは、参加者一人ひとりがマイクを握り、自らの組織や地域に持ち帰って実行する「具体的なアクション」を宣言する。

セッションの前半では、前年のサミットで立てた「誓い」が1年後にどう結実したかの報告が行われた。例えば、ある参加者は前年「 “地域コミュニティへの恩返しキャンペーン” のノウハウを共有する」と宣言し、実際に希望者を集め、ウェビナーを開催した成果を報告した。
また、オンタリオ州のクインテ湾地域で活動する参加者によると、地域のために良質なリジェネラティブ体験を開発しようと奮闘していたが、高付加価値を追求するあまり、価格が高騰し、「地元住民を経済的に排除してしまっている」という矛盾に直面したという。
「私たちは、すでに意識の高い人々に向けて説教をするのをやめ、足元のコミュニティの声に深く耳を傾ける必要がありました」と、男性は振り返る。その後、体験プログラムを細分化し、手頃な価格で、地域住民が気軽に参加できるアクセシブルなものへと再構築した軌跡が語られ、会場からは深い共感の拍手が湧き起こった。

一方で、サステナビリティ推進の孤独を癒やすことも、本サミットの重要な役割だ。IMPACTの共同創設者であり、Synergy Enterprisesの創設者でもあるJill Doucette氏は、参加者の一人が「自分の心は今、完全に空っぽだ。心を満たすため、ここに来た」と語ったエピソードを紹介した。
組織の中で変革を叫ぶ担当者は、常に逆風を受け続ける「V字編隊の先頭を飛ぶ鳥」のように孤立しがちだ。「だからこそ、IMPACTで出会った仲間と年間を通じて支え合う『バディ・システム』を構築してほしい」とJill氏は呼びかけた。
セッションの後半では、今年の参加者たちによる新たな「誓い」が次々とマイクで宣言された。南アラバマ大学に所属する参加者は、「観光業は単なるフロント業務や接客業ではなく、世界にインパクトを与える多様なキャリアがある。そのことを次世代に伝え、来年はさらに多くの学生をこの場に連れてきたい」と力強くコミットした。
実はIMPACTサミットでは、未来の観光業を担う次世代リーダーを育成するため、地元のビジネススクールなどの学生たちを積極的に会場へ招き入れている。最終日のこのセッションにも、業界の最前線からインスピレーションを得ようと、多くの若者たちが目を輝かせて着席していた。
だからこそ、会場の学生たちへ直接贈られたエールは、この3日間の議論を見事に総括する格言として響いた。
これから先、君たちのキャリアの中で何度も「それは不可能だ」と言われるだろう。だが、どうかその言葉を「現状ではまだ解決策がないだけ」に置き換えてほしい。不可能だと諦めるのではなく、私たちと一緒に解決策を探そう。
熱気と連帯感に包まれた会場は、確かな「行動」への誓いと共に3日間の幕を閉じた。
結び:不可能を「未解決」に変える旅へ
気候危機やシステムの限界という厳しい現実に直面しながらも、IMPACT 2026に集った世界中のリーダーたちが示したのは、未知の領域へ踏み出す「勇気」と、互いにドアを開け続ける「連帯」だった。
「私たちは変化を待つのではない。私たちが世界を変えるのだ」
ビクトリアで灯されたこの力強い希望の火種を、私たちもまた、自らの地域やビジネスという名のフィールドで燃やし続けていかなければならない。


本記事に関するお問い合わせ
株式会社アスエク「リジェネ旅」編集部
(※本記事はIMPACT Sustainable Travel & Tourism Summitのセッション内容を基に構成しています)
参考文献
[1]Gros Morne National Park – CPAWS-NL
