研究から現場、そして未来へ―二神先生が語るサステナブルツーリズムの現在と未来

「サステナブルツーリズム」という言葉が広く認知されるようになった今、日本の観光産業は次の段階としてどこを目指すべきなのか。
その問いに長年向き合ってきた研究者がいる。
名城大学名誉教授・シニアフェローであり、GSTC「サステナブル・ツーリズム・トレーニング・プログラム」公認トレーナーでもある二神真美先生だ。
アメリカでの地域研究をルーツに持ち、2008年頃からサステナブルツーリズムの研究と実践に取り組んできた二神先生。その視点は一貫している。観光は「消費の場」ではなく、地域が再生・成長するための「手段」であるという考え方だ。
なぜ、来訪者が増えても地域が豊かにならないのか。サステナブルツーリズムの普及において、日本はどこまで進み、何が足りないのか。研究者として、そして現場に関わる実践者として歩んできた二神先生に、日本のサステナブルツーリズムの現在地と展望を尋ねる。
二神真美さん

津田塾大学を卒業後、アメリカに留学。自治体がサステナビリティの概念を取り入れた事例について研究し、博士論文を発表アパラチア地域における地域開発の事例から、ツーリズムや指標を用いたマネジメントの可能性に着目し、研究を開始する。2015年にバンコクで開催されたGSTC研修を修了し、翌年からGSTC公認トレーナーとして活動を開始。全国の自治体やDMO主催のGSTC研修にて公認トレーナーとして活動を続けている。他にも、NPO法人日本エコツーリズムセンター(EJ)における国際認証フォーラムでの講師、GSTCカンファレンスのアカデミック・シンポジウムでの発表など、研究者・実務家の両面で、持続可能な社会を目指す。
日本のサステナブルツーリズムは、どのように積み重ねられてきたのか

近年「サステナブルツーリズム」という言葉は、日本の観光政策や地域づくりの文脈において重要視されるようになった。しかし、この考え方は突然生まれたものではない。
日本のサステナブルツーリズムはどのような背景で生まれ、どのように積み重ねられてきたのだろうか。
経済成長の象徴としての観光
─── 最近ではサステナブルツーリズムという言葉は広く使われるようになりましたが、それまで日本ではどのような研究や取り組みが行われていたのでしょうか?
二神さん:国連が国際観光年を定めた1967年頃は、観光産業では経済的利益がかなり重視されていました。外貨獲得、雇用創出、地域開発というような、高い経済的利益を秘めた産業と捉えられていたように思います。
しかし、世界的に観光人口が増加するにつれ、さまざまな課題が目立つようになりました。なかでも、マスツーリズムの弊害は次第に深刻化していきます。
ちょうどその頃、観光産業に限らず、環境問題が世界全体の大きなテーマとして浮上します。その結果1980年代頃から、環境に配慮した観光を求める動きが生まれ始め、マスツーリズムに代わる概念として「オルタナティブツーリズム」という言葉が使われるようになりました。
マスツーリズムとはそれまで富裕層に限られていた観光・旅行が、幅広い層にまで浸透した現象である。[1] 経済的な恩恵をもたらす一方で、自然環境の破壊やインフラへの過剰な負荷といった問題を引き起こした。オルタナティブツーリズムは、こうした弊害への反省から生まれた概念で、現在のサステナブルツーリズムの原型ともいえる考え方である。
2000年代の転換
二神さん:私が観光の分野に携わり始めた2000年頃、とくに注目されていたのが「着地型観光」という考え方です。着地型観光はパッケージ化されたツアーとは異なり、地域側が主体となって観光を企画・販売する旅行形態を指します。
同じ頃、観光とまちづくりを融合させた「観光まちづくり」という動きも地域から生まれていました。こちらは現在も続いている考え方です。さらに、この時期は国際的にもサステナブルな地域開発が重要視され始めた時代でもあります。
着地型観光や観光まちづくりは、旅行会社が商品を設計・販売する「発地型」の観光モデルとは対照的に、地域が主役となる点が特徴的だ。観光消費が地域内で循環しやすく、地域のアイデンティティを活かした体験を提供できるという点で、サステナブルツーリズムの考え方と親和性が高い。
二神さん:このように2000年頃は、地域レベルでは着地型観光や観光まちづくりといった動きが生まれ、グローバルな視点では、現在のSDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)に象徴される持続可能な開発の潮流が広がり始めていました。ちょうど同じ時期に、こうした流れが並行して生まれていたのです。
その後「持続可能性」や「持続可能な開発」という概念は長く国際社会で議論され続けてきました。そしてコロナ禍を経て、観光のあり方そのものを見直す機運が世界的に高まります。
オーバーツーリズムへの反省や、地域社会や自然環境への配慮の必要性が改めて認識される中で「サステナブルツーリズム」という表現が、広く認知されるようになったのです。
一度に全てが大きく変わったというよりは、さまざまな流れが重なり合いながら、今のサステナブルツーリズムという概念が形成されてきたのだと思います。
二神真美先生の原点

─── 二神先生がサステナブルツーリズムに関わるようになったきっかけや経緯を教えてください。
二神さん:私は学生時代アメリカに留学しており、大学院で専攻していたのは地域研究や人類学でした。
その時期とくに積極的に関わっていたのが、アメリカ・アパラチア地域の開発です。貧困地域として知られるこの地域では、1965年から連邦政府と州政府が連携して、コミュニティ開発や地域開発に集中的に取り組んできました。[2]
アパラチア地域は、アメリカ東部に連なるアパラチア山脈一帯に広がる地域で、炭鉱業の衰退などを背景に長年にわたって経済的な遅れが指摘されてきた。1965年にはアパラチア地域開発法が制定され、インフラ整備や教育・医療の充実など、官民一体となった長期的な地域再生が進められる。こうした「地域をどう持続的に立て直すか」という問いと向き合う経験が、二神先生がサステナビリティに関心を抱くきっかけの一つになったそうだ。
持続可能な観光との出会い
二神さん:その研究をまとめる形で博士号を取得し、その後もさまざまな分野で持続可能性について研究を続けました。
そしてある時、世界観光機関(現UN Tourism)が2004年に発表した報告書※に偶然出会います。持続可能な観光を進めるための指標を体系的にまとめたもので、私にとって最初のバイブル的な存在になりました。

※Indicators of Sustainable Development for Tourism Destinations:観光地の持続可能性を評価・管理するための指標を包括的に整理した報告書。環境・経済・社会・文化といった多角的な視点から観光の影響を測る枠組みを全世界25地域の事例とともに示しており、その後のサステナブルツーリズムの国際的な議論の土台となっている。[3]
二神さん:その報告書から観光やホスピタリティの分野でも持続可能性の指標が応用されているということに強く影響を受け、興味を抱いたのがサステナブルツーリズムとの出会いです。本格的にサステナブルツーリズムに関わり始めたのは、2008年頃でした。
私の出発点が地域づくりにあるように、観光はあくまで地域づくりのための重要なツールや手段の一つだと捉えています。それは今のサステナブルツーリズムの考え方にも通じるものがあると思っています。
観光を「経済」だけで語ることの限界
─── 経済中心で観光を語ることの限界を感じた出来事やきっかけはありますか?
二神さん:名城大学に専任教員として在籍していた頃、そうしたことを感じた経験があります。
当時はゼミを担当しており、毎年夏にゼミ生と2泊3日ほどで岐阜県の高山地域を調査に訪れていました。
その頃からオーバーツーリズムの気配は感じていましたが、当時はそれをとくに否定的には感じていませんでした。地域としても「人を集めること」を目標にさまざまな戦略を取っており、にぎわいや来訪者の多さを成果として捉えていたのです。
しかし、実際に起きていたのは、多くの旅行者が数時間だけ立ち寄ってすぐに帰ってしまうという状況でした。観光客の数だけを見れば日帰り観光が中心でも「成功している観光地」に見えるかもしれませんが、地域の視点で見るとそうではないことがわかります。
多くの人を受け入れるためには、交通やトイレ、ごみ処理、景観管理など、さまざまな受入れ環境を整えなければなりません。そのコストは地域が負担する一方で、日帰り客が中心になると宿泊や地域内消費は増えにくく、経済的な利益は地域の外へと流れやすい構造になります。
オーバーツーリズムは「観光客が多すぎることによる問題」と捉えられがちだが、本質は単なる人数の問題ではない。観光客の流れ方や滞在の仕方、地域への経済循環の仕組みなど、観光の“構造”が整っているかどうかが重要だ。
地域にとって本当に価値ある観光とは何か

二神さん:そのため経済的な側面から見ても、当時の状況は決して地域にとって良い状態ではないと感じていました。
ごみなどの環境問題ももちろん重要ですが、とくに観光において大切な視点は「本当に地域の経済に資する観光になっているか」だと思います。当時の高山や白川郷などを見ていると、残念ながら地域にとって価値ある観光にはなっていない部分があると感じましたね。
そうした経験を通じて、やはりサステナブルツーリズムというのはとても重要な観光のあり方だと確信を持つようになりました。
「観光が地域を豊かにしているかどうか」を問うことは、観光を「消費の場」から「地域が再生・成長する場」へと捉え直すことでもある。観光客が来て、お金を使って、去っていく。そのサイクルの中で地域が疲弊していくのであれば、それはいくら来訪者数が多くても「良い観光」とはいえない。
観光が地域にとって本当の意味で価値あるものになるためには、経済的な利益が地域内で循環し、地域の文化や環境、そして人々の暮らしが豊かになっていくことが不可欠だ。
日本のサステナブルツーリズムの現在地

─── 二神先生のグローバルな視点や歴史的な知識を踏まえたうえで、今の日本におけるサステナブルツーリズムの状況や課題をどのように感じていますか?
二神さん:日本では2015年頃から、NPO法人の日本エコツーリズムセンターなどが、GSTCをはじめとするサステナブルツーリズムの考え方を国内に広めようと活動していました。海外の関係者を招いた国際フォーラムを開催するなど、精力的に取り組んでいたと思います。
ただ、そうした場に集まる方々はよいのですが、当時はGSTCそのものが観光産業の中でもあまり認知されておらず、関心を持ってもらうことも難しい状況でした。関係者の前では話ができても、それ以外の場では拒否反応を示されることも少なくなかったのが実情です。
静かな広がりが、全国規模へ
二神さん:しかし、時代の流れとともに日本でも国際基準に準拠したガイドラインが整備され、観光庁が関わるようになり、国の政策として動き出しました。これはとても大きな変化だったと思います。
今では、『日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)』に基づいた観光振興や観光地域づくりに取り組む地域は100を超え、ほぼ全国に広がっています。裾野を広げるという意味では、大きな成果といえるでしょう。
さらに2020年からは「持続可能な観光推進モデル事業」もスタートしました。これは選定された地域がより先進的な取り組みを行うための事業です。
このように裾野を広げる取り組みと、先進事例を生み出す取り組みの両輪が動き始めたという意味で、日本でもサステナブルツーリズムは着実に前進してきたと感じています。
普及の先にある次の課題

二神さん:最近はGSTCの研修を受けたいという方も増え、観光関連の事業やDMO(観光地域づくり法人)、DMC(地域特化型の旅行会社)などから声をかけていただく機会も増えてきました。その点はとても良い傾向だと思います。
ただ、より広いステークホルダーを巻き込んだ地域づくりや、そのための体制整備という面ではまだ課題が残っています。GSTCの基準にはマネジメントの面も含まれていますが、そこが十分に追いついていない地域が多いのが実情です。
GSTCの基準は「持続可能なマネジメント」「社会経済のサステナビリティ」「文化的サステナビリティ」「環境のサステナビリティ」の4つのセクションで構成されている。持続可能なマネジメントは、行政・事業者・住民などの多様なステークホルダーが連携できる組織体制の整備や、継続的なモニタリングと改善の仕組みづくりを求めるものだ。[4]
二神さん:こうした取り組みが進んでいる国では、トップダウンで持続可能な取り組みを推進しているケースが多い印象です。自発的な行動をうながすにしても、取り組むことのメリットが明確でなければ動きにくい。その仕組みづくりをもっと進めていく必要があると感じています。
求められるのは地域を動かすための仕組みづくり
二神さん:近年、宿泊施設や旅行会社がサステナブルツーリズムの認証を取得するケースが増えているのも、インセンティブが明確だからです。たとえば、海外のエージェントやクルーズ会社が「認証を取得している事業者と優先的に契約する」と明確に表明することが多く、取り組まざるを得ない状況が生まれています。
一方、地域づくりの領域ではそうしたインセンティブがまだ十分ではありません。
ここに日本の地域づくりの課題が凝縮されている。個々の事業者レベルでは市場原理が働き始めているのに、地域全体を動かす仕組みがまだ整っていない。観光産業が地域に根ざすものである以上、事業者単体の取り組みだけでは限界がある。地域という「器」そのものをサステナブルにしていく視点が不可欠だ。
二神さん:最近は少しずつですが、サステナブルな取り組みを進める地域は増えています。そうした先行事例が生まれることで「うちも取り組まなければ」という機運が、他の地域にも広がりつつあると感じます。
こうした状況で大切なのは、地域の負担をできる限り減らし、システムとして一体的に進められる仕組みをつくることです。
海外では観光税などを財源に充てている地域も多くあります。地域が自前で財源を確保できる仕組みを整え、そのスタートアップの部分を国が支援するという形が、日本でも求められているのではないでしょうか。
補助金に頼った取り組みは、財源が途切れた瞬間に止まってしまうリスクがある。観光税のような仕組みは、観光客が地域の持続可能性に直接貢献するという意味で、リジェネラティブな発想とも重なる。「来てもらう」だけでなく「来ることで地域が豊かになる」循環をつくることが、これからの観光地域づくりの本質といえるのではないだろうか。
二神真美先生が描く、これからの観光の未来

─── 今後、二神先生が注目しているテーマや取り組んでいきたいことはありますか?
二神さん:大きく2つあります。
1つ目は、国際認証の有効性をしっかりと示す研究です。
最近、GSTCなどの国際認証を取得しようとする宿泊施設は少しずつ増えてきています。ただ「認証基準に沿って取り組むことで、実際にどんな効果があるのか」という点をよく問われます。
宿泊施設の場合は、ランニングコストや水・エネルギーのコスト削減など、数値として見えやすい。一方で、地域が認証を取得することの有効性を客観的に示すのは難しいのが現状です。
そのため実際のデータをもとに「どんな変化が起きたか」を、より客観的な指標で検証できる研究を進めていきたいと思っています。
「効果が見えない」という声は、サステナブルツーリズムの普及を阻む壁の一つだ。数値で示せないものは、意思決定の場で後回しにされやすい。逆にいえば、認証取得が地域にもたらす変化を客観的に可視化できれば、取り組みへの参加をためらっている地域や事業者を動かす強力な根拠になりうるだろう。
二神さん:2つ目は、AIなどのデジタルツールの活用です。
サステナブルツーリズムの取り組みで難しいのは、継続的にデータを収集し、定期的にモニタリングしながら改善を続けなければならない点です。この作業はとても手間がかかるので、自動化・効率化できる仕組みがあれば、取り組みを続けやすくなるはずです。
海外では、独自のシステムを構築し、モニタリングやデータ収集を効率的に行う国も出てきています。日本ではまだそうした取り組みが進んでいないため、この分野を推進していきたいと考えています。
サステナブルツーリズムは「一度取り組めば終わり」ではなく、継続的な改善のサイクルが欠かせない。デジタルツールの活用は、取り組みのハードルを下げるだけでなく、地域が自律的にPDCAを回せる仕組みをつくることにもつながる。テクノロジーを「効率化の道具」としてだけでなく、地域の自走力を育てるための基盤として捉える視点が重要だ。
「横断型産業」としての観光の力

─── 最後に、これからの観光産業がどうなってほしいか、あるいはどうあってほしいか、二神先生の思いを聞かせてください。
二神さん:観光産業がもっと重要視される社会になってほしいと思っています。
観光産業は、第1次産業から第3次産業まで幅広い分野に影響を与える産業です。農業・漁業・林業といった一次産業の産品が旅行者に届けられ、宿泊・飲食・交通・小売りなどのサービス産業が旅を支える。つまり、全ての産業の土台になりうるポテンシャルを持っているのです。
最近は観光産業を重要視する流れも少しずつ生まれていますが、まだ十分とはいえません。観光産業がより重要視されるようになれば、優れた人材が集まり産業が発展し、ひいては他の産業にも良い影響をもたらすことができます。観光産業がもっと重要視される社会になれば、そんな好循環を生み出せると信じています。
観光を「未来をつくる学びの場」にするために
二神先生の言葉の根底には、一貫した問いがある。「観光は、地域を豊かにしているか」。
その問いは、来訪者数や経済効果といった数字では答えられない。人が来ることで地域が疲弊し、利益が外へ流れ出ていくのなら、それはいくら「にぎわっている」ように見えても、本当の意味での観光の成功とはいえないだろう。
二神先生が抱える「観光産業がもっと重要視される社会へ」という願いは、単なる産業振興の話ではない。観光が地域と旅行者をつなぎ、共に豊かになる循環をつくれるかどうか。観光に携わる私たち一人ひとりの姿勢と選択にかかっている。
参考文献
