オーバーツーリズムの対策事例12選|目的別に学べる実践アイデアを紹介

近年、世界各地で「オーバーツーリズム」という言葉を耳にする機会が増えています。
オーバーツーリズムとは、観光地の特定エリアや地区に人が集中しすぎることで、地域住民の生活や環境に悪影響を与える現象です。
人気観光地では交通渋滞や騒音問題、文化財の損傷など、オーバーツーリズムによるさまざまな影響が発生しています。しかし、オーバーツーリズムの課題に対する対策事例も数多く存在します。
本記事では、オーバーツーリズム対策に関する12の具体的事例を紹介。オーバーツーリズム対策について知りたい方は、ぜひ最後までご覧ください。
深刻化するオーバーツーリズムの問題
オーバーツーリズムが引き起こす問題はさまざまです。
とくに多くの地域で見られる問題は、住民の日常生活への影響です。観光客の大量流入により、公共交通機関の混雑や騒音問題が発生し、地域住民が快適に暮らせなくなる状況が生まれています。[1]
また、環境や文化遺産への被害もオーバーツーリズムによる深刻な問題です。ゴミの増加による自然環境の破壊や、地域の文化遺産の損傷が報告されています。

オーバーツーリズム対策|観光客の分散
観光客の分散は、より広い地域に観光客を誘導し、特定地域への集中を防ぐことでオーバーツーリズムの負荷を軽減する対策手法です。
観光客の分散に関する具体的な実践例について詳しく解説します。
奈良県 | 周辺地域のブランディングと二次交通の増強
奈良県では、周辺地域のブランディングと交通手段の増強により、人気観光エリアの奈良公園から周辺エリアへ観光客を分散させることに成功しています。[2]

奈良公園近くの「山の辺の道」へ観光客を誘導するために、以下のような取り組みを実施しました。
- 周辺地域を巡るルート・デジタルマップの作成
- 周辺地域の魅力を伝えるブランドブックの作成とプロモーション
- 山の辺の道へのシャトルバス運行

これらの取り組みにより、山の辺の道エリア全体の訪問者数が大幅に増加。2025年1月の訪問者数は25,856人となり、前年同期比118%の成長を達成しました。
広島県廿日市市 | デジタルマップによる混雑状況配信と迂回ルートの提案
広島県廿日市市では、デジタル技術を活用したリアルタイムな情報提供により、観光客を分散しています。[3]

既存のデジタルマップを改良し、宮島口の駐車場や宮島ロープウェー乗り場の混雑状況をリアルタイムで配信。混雑回避のために、ルートや時間帯を観光客が自ら選択できる環境を整備しました。
デジタルマップの月平均アクセス数は1,155件(2023年4月〜2024年3月の12カ月間)から17,670件(2024年7月〜2025年1月の7カ月間)へと大幅に増加し、観光客に広く活用されています。
高知県いの町 | 周辺地域での新規観光施設やイベントの開催
高知県いの町では、「仁淀ブルー」の名称で有名な仁淀川の支流である「にこ淵」に観光客が集中し、さまざまな影響が発生しています。
そこで、周辺地域での観光施設新設やイベントを開催することにより、観光客の分散と地域活性化を両立させています。[4]

いの町では既存の景観や文化遺産を活用し、地域住民が運営する屋台型ポップアップカフェの新設を行いました。
屋台型カフェは、それ自体が新たな観光地となることに加え、観光案内所として他の観光スポットへ送客する役割も担っています。
取り組みの成果として、計6回の実施で周辺スポットへ計31組の送客に成功。イベントによっては10%程度の高い送客率を記録しました。
オーバーツーリズム対策|観光客のマナー改善
観光客のマナー改善は、地域住民と観光客の共生を実現し、持続可能な観光を推進するために不可欠な取り組みです。
観光客のマナー改善策に関する具体的な実践例について詳しく解説します。
東京都台東区 | ゴミ拾いイベント・ポイ捨て禁止啓発活動の実施
東京都台東区では、エンターテイメント性を取り入れた観光客参加型のゴミ拾いイベントにより、観光客の環境マナー向上と街の美化に取り組んでいます。[5]

台東区は2024年12月14日と2025年1月18日の2回にわたり、ゲーム感覚のゴミ拾いイベントを開催しました。ゴミを拾うとポイントがもらえ、アプリで出されるミッションを達成することで、楽しみながらゴミ拾いに参加してもらえます。

加えて、参加者が浅草らしいコスチュームを身に着け、記念撮影をしたり、コミュニケーションを取ったりすることで、観光客を楽しませながらマナーの啓発に成功しました。
イベントの参加者は162名を記録し、イベント満足度は約9割を達成。環境への関心が高まったという参加者も8割以上にのぼりました。
岐阜県高山市 | マナー啓発看板の作成
岐阜県高山市では、英語や中国語、韓国語などで作成されたマナー啓発看板の設置により、観光客のマナー意識向上を目指しています。[6]
高山市には中国人観光客が多く訪れることから、中国の大型連休「春節」に合わせて、高山市内の主要駐車場である別院駐車場と神明駐車場にマナー啓発看板を設置しました。加えて、市長が観光客に直接チラシを手渡し、訪日外国人旅行者への丁寧な注意喚起を実施。
取り組みはメディアでも広く取り上げられ、訪日外国人旅行者・外国人モニター・住民から高い評価を得ています。
今後は「with Respect」を合言葉に、看板だけでなくポスターやフリーWi-Fi利用時のトップ画面など、さまざまなチャネルを活用して旅行者に適切なメッセージを発信していく予定です。

京都府京都市 | 京都観光モラル宣言促進事業
京都府京都市では「京都観光モラル宣言促進事業」により、持続可能な観光の実現に取り組んでいます。[7]
京都観光モラルとは、観光事業者・従事者、観光客、市民が守るべきことをまとめた行動基準です。観光客に対して、以下のような行動が求められています。
- 京都の歴史や文化を学ぶ、体験する
- マナーを守って行動する
- 写真撮影禁止の注意書きを確認する
- ゴミのポイ捨てをしない
市では、京都観光モラルをより広く知ってもらうために、特設Webサイトを立ち上げました。また、京都の観光マナー・文化・歴史を学べるクイズを作成。観光客が楽しみながら学習できる仕組みを構築しました。

クイズへの挑戦や京都観光モラル宣言への参加をSNSでシェアするなど、一定の条件を達成した参加者には観光事業者による特典・優待情報を提供。京都観光モラル参加へのインセンティブを用意することで、マナー向上の動機付けも図っています。
11月1日の特設サイトオープン以降、取り組みへの参加者は順調に増加。クイズや観光モラルで定められた行動基準に取り組む観光客数は1,199名にのぼり、特典の利用実績も91件を記録するなど、観光客の積極的な参加が確認されています。

オーバーツーリズム対策|交通渋滞の解消
交通渋滞は、住民の通勤・通学・救急車両の通行に支障をきたすほか、排気ガス増加による環境悪化や観光体験の質低下を招く重要な問題です。
交通渋滞の解消に関する具体的な事例について解説します。
埼玉県秩父市 | 夜間イベント実施による時間的分散
埼玉県秩父市では、夜間のイベント開催により観光客の訪問時間帯を分散させることで、交通渋滞の軽減に成功しています。[8]

秩父駅周辺で夜間のライトアップイベントを開催し、三峯神社からの観光客を夜間に誘導することで、日中の混雑を緩和しました。14時以降に駐車場に入った方には夜バルチケットを提供するなど、夕方移動へのインセンティブも用意したのが特徴です。
また、徒歩移動促進のため、提灯を持ちながらの夜の街歩きや街バルでのはしご酒イベントも開催。
夜間イベント実施により以下のような成果を達成しました。
- 訪問時間帯が変化した割合:11%(目標10%)
- 14時以降の入庫数の割合:9%増(目標10%)
- 2月の三峯駐車場の渋滞発生日数:4日(目標6日以内)
- 300m手前の渋滞発生日数:3日(目標4日以内)
- 2.2km手前の渋滞発生日数:0日(目標0日)
全ての目標を上回る結果で、夜間イベントの開催は交通渋滞解消に効果的であることを実証しました。
神奈川県箱根町 | 案内員の配置と渋滞情報看板の更新
神奈川県箱根町では、案内員の配置と渋滞情報看板の更新により、渋滞問題を効果的に解決しています。[9]
箱根町の大涌谷周辺では、マイカー客が一本道に入ってしまい身動きがとれなくなることで深刻な渋滞が発生していました。そこで、11月の混雑時期に三叉路へ誘導員を配置し、大涌谷園地までの所要時間案内や周辺駐車場の案内を実施。
加えて、渋滞情報更新看板も大幅に改良しました。従来はゲートの閉鎖時間のみを周知していましたが「渋滞時ここから100分以上かかる場合があります」など、渋滞状況を加味した駐車場までの具体的な所要時間を発信できるように改良。

観光客が事前に状況を把握し、適切な行動ができる仕組みを構築しました。これらの取り組みにより、大涌谷駐車場の大幅な待ち時間短縮につながっています。
新潟県佐渡市 | 周遊バスなどの二次交通の増強
新潟県佐渡市では、主要観光スポットまでの二次交通を増強し、渋滞問題へ効果的に対処しています。[10]
佐渡市では公共交通機関がぜい弱なため、観光スポットへの移動は主にマイカーが利用されていました。この結果、主要観光地周辺では慢性的な交通渋滞が発生。
市は、交通渋滞解消を目的として、2024年4月26日から10月31日の期間中、主要観光スポットである佐渡金山への無料周遊バスを運行しました。運行期間中の周遊バス利用者数は4,537名にのぼり、渋滞解消に一定の効果があったとされています。

また、利用者からはバスによって観光が楽になったという声が多数寄せられており、観光客の満足度向上にも大きく貢献しています。
島根県出雲市 | データに基づいた渋滞対策と駐車場の有料化
島根県出雲市では、ETCシステムを活用したデータ分析と混雑予報カレンダーの公開により、渋滞の緩和に成功しています。[11]
出雲市では出雲大社付近に車で移動する観光客が集中し、慢性的な渋滞が発生。加えて、人件費の高騰により渋滞対策にかかる経費が年々増加しており、地域経済を圧迫していました。
そこで市は、ETCシステムを活用したデータに基づく渋滞対策を実施。データ分析をもとに混雑予報カレンダーを作成し、Webサイトに公開することで観光客の行動変容を促しました。

その結果、神在祭期間の最長渋滞距離が全方面で大幅に短縮。また、混雑予報カレンダーへの関心も高く、HPのPV数は例年の約1.5倍に増加しました。
現在は渋滞対策費確保のため、駐車場の有料化に向けたヒアリングや協力金の依頼も実施しています。
オーバーツーリズム対策|公共交通機関の混雑解消
観光客による電車やバスの混雑は、住民の利用に支障をきたすだけでなく、観光客自身の移動の快適さを損ない、観光体験の満足度も低下させます。公共交通機関の混雑緩和策は観光客と地域住民の双方にメリットがあります。
具体的な事例を通じて、混雑解消のための対策を学びましょう。
神奈川県鎌倉市 | 混雑駅における誘導員の配置
神奈川県鎌倉市では、誘導員の配置により駅での混雑問題を改善しています。[12]
鎌倉市では繁忙期やイベント開催時に主要な駅で過度な混雑が発生し、電車が遅延するなどの問題が発生していました。
混雑解消のために、鎌倉市は駅に誘導員・警備員を配置し、以下のようなサポートを提供しました。
- 乗車列整備
- 電車との接触事故防止案内
- 改札利用の案内
- 交通マナー啓発
- ホーム上での誘導
その結果、2018年には混雑による遅延発生日数が133日だったのに対し、2025年1月時点では11日となり、約92%も改善。
今後はさらなる混雑緩和のため、警備員の増加とキャッシュレス化を検討しています。QRコード決済の導入により、改札付近や券売機前の混雑改善を図る狙いです。
京都府京都市 | 観光用バスの新設
京都府京都市では、観光客専用バスの新設により市民利用と観光利用を棲み分け、市バス混雑の緩和に成功しています。
京都市では市バスの車内混雑や交通渋滞により、観光客がスムーズな観光をできないことに加え、市民の利便性や快適性の低下といった問題が発生していました。
そこで、2024年6月に観光利用の多い東山エリアと京都駅を結ぶ観光特急バスを新設。
運行開始前のWeb調査では、並走する生活路線の車内が「混んでいた」との回答が68.2%だったのに対し、運行後は57.8%へと10.4ポイント改善しました。

事例から学ぶオーバーツーリズム対策のポイント
効果的なオーバーツーリズム対策にはいくつかのポイントがあります。持続可能な観光を実現するために重要な以下の3つの要素について詳しく解説します。
- 観光客の分散
- デジタル技術を活用した観光客数・動線のコントロール
- 観光ルール・マナーの啓発
観光客の分散
観光客の分散は、オーバーツーリズム対策でもっとも重要な要素です。
オーバーツーリズムの根本的な原因は、観光客が特定の場所・時期・時間帯に集中することで、地域の受け入れ能力を超えてしまうことにあるからです。
具体的な対策方法としては、奈良県や埼玉県秩父市での事例が参考になります。
奈良県では周辺地域のブランディングと二次交通の増強により、奈良公園から山の辺の道への場所的分散に成功しました。埼玉県秩父市では夜間イベント開催とインセンティブ制度により、時間的な分散を図っています。
さらに、広島県廿日市市のデジタルマップを活用した混雑状況配信のように、観光客が自ら分散行動を選択できるよう情報を提供することも効果的な対策となります。
デジタル技術を活用した観光客数・動線のコントロール
デジタル技術を活用した観光客数・動線のコントロールも、近年よく見られる代表的なオーバーツーリズム対策です。
デジタル技術の活用には以下のようなものがあります。
- デジタルマップを活用した混雑情報や迂回ルートの発信
- AIカメラによる交通量の測定
- SNSによる情報発信
具体的な活用事例としては、島根県の取り組みが挙げられます。
島根県出雲市ではETCシステムを活用したデータ分析により混雑予報カレンダーを作成し、Web上に公開。これにより、神在祭期間の渋滞改善に成功しました。
観光ルール・マナーの啓発
観光ルール・マナーの啓発は、地域住民と観光客の良好な関係を構築し、持続可能な観光を実現する効果的な対策です。
観光客数の制限や物理的な分散だけでは、サステナブルツーリズムに欠かせない「住民と観光客の共生」は実現できません。観光客のマナーが向上すれば、環境保全などとともに地域住民への負担軽減にもつながります。
効果的なマナー啓発には、観光客の興味を引くための工夫が必要です。
東京都台東区のように、エンターテイメント性を取り入れたイベントを開催したり、京都府京都市の京都観光モラル宣言促進事業のように、参加者にインセンティブを用意するなどが有効です。
まとめ
オーバーツーリズム対策には、観光客の分散やデジタル技術の活用、マナーの啓発などさまざまなものがあり、課題に合わせた手法を取り入れることが重要で、地域の特性に応じた創意工夫によって解決可能な問題です。
本記事で紹介した対策事例を参考に最適な対策を検討し、持続可能な観光地づくりへの第一歩を踏み出しましょう。

参考文献
[1] オーバーツーリズムとは?解決策や自治体の対策事例を紹介 | ジチタイムズ
[2] 奈良県 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[3] 広島県廿日市市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[4] 高知県いの町 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[5] 東京都台東区 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[6] 岐阜県県高山市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[7] 京都府京都市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[8] 埼玉県秩父市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[9] 神奈川県箱根町 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[10] 新潟県佐渡市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[11] 島根県出雲市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁
[12] 神奈川県鎌倉市 | オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり(先駆モデル地域) | 事例集・支援ツール | 観光庁