社会的責任を数値化する「ソーシャル・オーディット」とは?

ソーシャル・オーディットとは?
今日のビジネス環境において、企業が果たすべき責任は、もはや単なる利益の追求にとどまりません。労働者の権利や人権の尊重、環境への配慮といった「社会的責任」への取り組みは、企業の持続可能性を左右する重要な要素となっています。こうした社会的責任に関する取り組みを、客観的に評価・監査する仕組みが「ソーシャル・オーディット」です。日本語では「社会的責任監査」とも訳されます。
なぜソーシャル・オーディットが重要視されるのか

ソーシャル・オーディットの考え方は1940年代に登場しました。その重要性が広く認識されるようになったのは、1990年代に発覚した大手アパレルメーカーの下請工場における児童労働問題がきっかけでした。この出来事を機に、企業は自社のブランドイメージを守り、社会的信頼を維持するために、サプライチェーン全体の労働環境や人権問題、環境対策への配慮を監査することの必要性を痛感しました。
特に、アパレル産業では、多層的なサプライチェーンにおける透明性を確保する手段として、ソーシャル・オーディットが積極的に導入されています。
ソーシャル・オーディットは、企業が自社内で実施する場合と、外部の専門機関に依頼する場合があります。外部監査機関は、APSCA(Association of Professional Social Compliance Auditors)のような業界団体によってその品質が担保されており、その市場規模は3億ドルを超えると推計されています。
ソーシャル・オーディットで参照される主な国際基準
ソーシャル・オーディットを実施する際に依拠する国際的な基準や枠組みは複数存在します。それぞれの基準には独自の焦点があり、企業の業種や事業特性に合わせて選択されます。
- Sedex(Supplier Ethical Data Exchange):イギリスの小売企業や監査機関が中心となって設立された、会員制のオンラインプラットフォームです。世界中のサプライヤー(供給業者)とバイヤー(購買者)が参加しており、労働環境や人権、環境リスクに関する情報を相互に共有することで、より責任ある調達の実現を目指しています。
- SA8000基準: アメリカの団体「SAI(Social Accountability International)」によって開発された国際的な認証制度です。国際人権宣言やILO(国際労働機関)の条約をもとに作られており、企業が従業員や取引先(サプライヤー)の労働者の権利を守ることを目的としています。児童労働の禁止や強制労働の排除、差別の撤廃、職場の安全確保など、9つの分野で企業の取り組みが審査されます。
- RBA(責任ある企業連合/Responsible Business Alliance): 電気・電子機器産業とそのサプライチェーンを主な対象とした国際的な非営利団体です。労働者にとって安全な職場環境の整備や、尊厳をもった待遇、環境への配慮、そして倫理的な事業運営を実現するための基準を定め、企業の責任ある行動を促進しています。
- BSCI行動規範: この規範は、ベルギーに本部を置く「amfori」という国際団体が中心となって作られたもので、世界中のサプライチェーンで働く人々の労働環境を良くすることを目的としています。公正な賃金の支払い、児童労働の禁止など、11の基本原則に基づいて、企業の取り組みが評価されます。
日本においてRBA監査の需要が高まっている背景には、Apple(アップル)、Intel(インテル)、HP(ヒューレット・パッカード)、Dell Technologies(デル・テクノロジーズ)、Microsoft(マイクロソフト)など、電気・電子機器メーカーを中心としたグローバル企業が、サプライチェーンにおける人権尊重や労働環境への配慮を求め、責任ある調達を推進していることがあります。これらの企業と取引のある日本の製品・部品メーカーも、国際的な信頼性を確保するためにRBA監査を受け入れ、その対応を進めています。
ソーシャル・オーディットの課題と今後の展望
ソーシャル・オーディットは、グローバルサプライチェーンにおける労働環境の改善に一定の効果を上げてきましたが、その限界も数多く指摘されています。
例えば、2013年に発生したバングラデシュのラナ・プラザ崩落事故では、事故の数か月前に同ビル内の工場がソーシャル・オーディットを受け、BSCI認証を取得していたにもかかわらず、建物の違法増築という重大なリスクが見逃されていました。これは、ソーシャル・オーディットが主に労働環境や労働条件に焦点を当てており、建築物の構造安全性などの技術的要素を監査対象としていなかったためです。この事例は、監査への過信とその実効性との間にあるギャップを浮き彫りにしました。
さらに、2020年以降に国際的な批判を受けた、中国・新疆ウイグル自治区における強制労働の問題も、ソーシャル・オーディットの限界を象徴する事例として挙げられます。一部の監査では、企業の意図的な情報隠蔽や、現地の政治的制約により、実態が正しく把握されないまま認証が付与されるケースが報告されています。このように、監査の客観性や透明性を保つことが難しく、特に権威主義的な体制下では信頼性が揺らぎやすいという課題があります。
また、ソーシャル・オーディットは多くの場合、企業が自らの判断で外部機関に依頼して実施する「任意型」の性質を持つため、監査の実施範囲や基準にばらつきが生じやすく、結果として抜け漏れが発生する可能性があります。統一された国際基準の不足も、監査の質にばらつきをもたらす要因のひとつです。
それでもなお、企業のサステナビリティへの取り組みが強く求められる現代において、ソーシャル・オーディットが果たす役割は依然として重要です。サプライチェーンにおける人権・労働環境の向上は喫緊の課題であり、今後は国際的な監査基準の整備や、監査プロセスの透明性向上が進むことで、より信頼性と実効性のある社会的責任評価の仕組みが構築されていくことが期待されます。