観光産業の人材育成と雇用の質を高める方法 リジェネラティブ思想とD&Iが人材不足を解決するカギに

観光産業の人材不足が深刻化する中、若手や優秀な人材をどう確保し、どう定着させるかは業界全体の課題です。
本記事では、観光産業の未来を支える「リジェネラティブ(再生型)な思想」と「D&I(多様性の包摂)」が、なぜ採用力向上と雇用の質の改善につながるのかを、観光庁やWTTCなどの公的データをもとに解説します。観光事業者・自治体・観光地域づくり法人(DMO)が今日から実践できる具体策も紹介します。
観光産業が抱える人材不足の現状と課題

近年、観光産業における「人材不足」は国内外で深刻な課題となっています。
さらに日本については、2035年には観光分野の労働供給が需要に対して約29%不足になるという予測も報告され、日本は「観光分野で最も人手不足の影響を受けやすい国のひとつ」とされているのです。[2]
こうした見通しのなか、国内でも人材不足は現実の問題として浮き彫りとなっています。
その背景には、以下のような構造的要因があると見られています。
- 賃金水準の低さ:観光・宿泊・サービス業は、他産業と比べ賃金水準が低い傾向があり、「待遇面で敬遠されやすい」状況がある。
- 雇用形態と労働環境の不安定さ:非正規雇用が多く、休日や勤務時間、働き方の柔軟性に課題があるとされる。
- 専門スキル人材の不足:ガイド、マネジメント、インバウンド対応、サステナビリティ対応など、観光の質を左右する“付加価値”に対応できる人材が足りていないと業界自体が感じている。
- 地域格差・地方の過疎地での確保困難:都心部や人気観光地に人が集中しやすく、地域観光地・地方の観光地では人材確保が特に難しい。これは「採用できても定着しづらい」「応募自体が少ない」といった形で現れる。
このように、「人材の量」と「質」の両面でギャップがあり、しかもそのギャップは今後さらに拡大する可能性が高いというのが、観光産業が現在直面している構造的な問題です。
リジェネラティブツーリズムとは何か

では、このような構造的な人材不足に対して、どのようなアプローチが効果的なのか。そのひとつの答えとして注目されるのが「リジェネラティブツーリズム(再生型観光)」という考え方です。
リジェネラティブツーリズムとは、単に観光客を “受け入れて消費を促す” のではなく、観光を通じて「訪問前よりも地域が良くなる」ことを目指す、サステナブルかつ地域再生志向の観光のあり方を意味します。
この考え方は、地域振興・環境保全・住民の生活向上など長期的な視点を包含しており、観光地を “使い捨て資源” ではなく “活きた地域資産” として捉えるものです。
人材という観点で言えば、リジェネラティブツーリズムを掲げることで以下のような魅力を打ち出せます。
- 「意義ある仕事」「社会貢献」が見える:ただのサービス業ではなく、「地域を良くする」「持続可能な観光地を作る」というミッション感が明示される。
- 長期的キャリアの可能性:単発の宿泊・接客ではなく、地域づくり、環境保全、観光戦略、マーケティング、地域運営など多様な役割やキャリアパスが描ける。
- 若年層や価値観重視層への訴求力:特に若い世代では「やりがい」「ライフの充実」「社会的意義」を求める志向が強い。そのニーズとリジェネラティブ観光は親和性が高い。
さらに、世界的な報告でも、観光産業界が将来的な労働力ギャップに対応するためには「教育機関・業界・政府の連携による人材育成」が不可欠であると提言されており、新しい価値観やスキルを備えた人材を育成することが、持続可能な観光産業のカギになるとされています。[1]
つまり、リジェネラティブツーリズムは「観光という仕事のブランド力」を再構築し、若年世代や潜在的人材にとって “選ばれる職場/産業” に変える可能性を秘めています。
観光産業における多様性(D&I)の重要性

もうひとつ、人材の「量」と「質」を補うための重要なアプローチが、D&I(ダイバーシティ & インクルージョン)、すなわち職場における多様性と包摂性の強化です。
観光産業はそもそも、多様な背景を持つ顧客(国内外、年齢、性別、文化、言語など)に対応する産業です。そして、近年のインバウンド拡大、多様化する旅行スタイル、地域観光の重視などに伴い、従来以上に多様な人材が求められています。
D&I が観光産業において重要な理由は以下の通りです。
- 多様な価値観・スキルの活用:外国語対応、異文化理解、障害者対応、LGBTQ配慮、高齢者対応など、多様な顧客ニーズに応えるためには、多様な人材を受け入れる土壌が必要。
- 採用人材の拡大:女性、高齢者、外国人、障害者、LGBTQ など、従来は「除外されがちだった層」も積極的に採用・活用することで、そもそもの人材母数を広げられる。
- 組織の柔軟性と創造性の向上:多様な経験・価値観を持つ人が集まることで、サービスのアイデア、多様な観光プログラム、地域ニーズへの柔軟な対応が可能になる。
- 働きやすさと定着促進:多様性を尊重する文化は、ライフスタイルや価値観の異なる人にとって働きやすさにつながり、長期定着を促しやすい。
これらは単なる理想論ではなく、実務的な強みにつながります。
特に、地方や地域観光、インバウンドの需要が大きい観光地では、多様性と包摂性なくして人材の確保・定着は難しいでしょう。
また、持続可能な観光地の構築という観点でも、多様な住民・労働者を受け入れる土壌を作ることは、地域の活力維持にも寄与します。
リジェネラティブ思想とD&Iが「採用・定着」に与える具体的効果

これまでの枠組みによらず、リジェネラティツーリズム × D&I を組み合わせたとき、観光業における人材の「採用力向上」と「定着率改善」の両方に、相乗効果をもたらす可能性があります。
採用力の向上
- 価値観やライフスタイルを重視する若手や転職希望者に対して、「意味ある仕事」「社会貢献」「地域と関わる仕事」としての魅力を伝えられる。
- 多様性を受け入れる職場であることを明示する求人は、これまで観光業に縁がなかった層(女性、高齢者、外国人、マイノリティなど)へのアピールになる。
- 「単なるサービス業」ではなく「地域づくり・持続可能な開発」に携われる経験を提示することで、職業選択時の差別化につながる。
定着率の改善
- ミッションや目的意識がある仕事は、離職率が下がりやすい。特に若手・中堅層にとって “やりがい” は定着に大きな影響を与える。
- 多様な働き手を受け入れ、柔軟な働き方や包摂的な職場文化を整えることで、ライフステージや価値観の変化があっても働き続けやすい環境になる。
- 組織として多様な視点やスキルを持つ人材がいることで、サービスや地域づくりの質が向上し、仕事のやりがいや達成感が得やすくなる → 結果として職場満足度と忠誠心が高まりやすい。
加えて世界的な報告も、今後の観光業の持続可能な発展のためには「教育機関と産業界の連携」「包括的で柔軟な政策」「デジタル/サステナブルスキルの習得」が必要と示しています。[1]
つまり、リジェネラティブツーリズムとD&I を通じて、観光業は「人手不足の産業」から「人に選ばれる産業」に転換できる可能性を持っているのです。
観光産業が実践すべき「人材育成・雇用改善」のポイント

観光産業の人材不足を解決するためには、「採用しやすい」「育てやすい」「辞めにくい」仕組みづくりが必要です。
ここでは、そのために今日からできる取り組みを簡単にまとめました。
1. 求人・採用の工夫
多くの求人が、作業内容しか伝えられていません。
しかし観光の仕事は、地域を良くするという大きな意義があります。
- 仕事のミッション(例:地域資源を守る、地元と成長する)を求人に書く
- 多様な人を歓迎する姿勢を明示(年齢・国籍・働き方の柔軟性など)
これだけで、応募の幅がぐっと広がります。
2. 育成とキャリア
人が続かない理由の多くは「成長のイメージが持てない」ことです。
- 観光庁ガイドラインに沿った研修を導入[4]
- ガイド、MICE(会議・イベント)、インバウンドなど専門スキルを学べる場をつくる
- 地域イベントや住民との協働など、現場で学べるOJTを強化
成長できる仕組みがあると「続けたい職場」になります。
3. 働きやすい環境づくり
働きやすさが整うと、採用も定着も一気に進みます。
- シフトの自由度アップ、短時間勤務、リモート業務など柔軟な働き方
- ハラスメント対策や心理的安全性の確保
- キャリアパスを示し、アルバイトからでもステップアップできる仕組み
「ここなら自分らしく働ける」と感じてもらうことが重要です。
4. 成果を測るKPI
取り組みがうまくいっているかどうかは、数字で見えます。
- 採用:応募数、採用率、多様性
- 育成:研修受講率、昇進、定着率
- 定着:離職率、満足度
- 地域貢献:顧客満足度、住民評価、再来訪率
KPI(成果指標)を設定することで、「次に何を改善すべきか」がはっきりします。
観光産業の人材課題は、複雑に見えて、実は“シンプルな改善の積み重ね”で変えられます。
採用・育成・働きやすさ・評価。
この4つを少しずつ整えるだけで、「人が集まり、人が育つ観光地」へと近づけます。
まとめ
観光産業における人材不足は、量の不足だけでなく、スキルや専門性、多様性の不足という「質」の問題を含んだ複合的な課題です。既存の待遇改善や賃金アップだけでは、根本的な解決とはならない可能性が高いでしょう。
一方で、リジェネラティブツーリズムという価値観と D&I(多様性と包摂性)を組み合わせることで、観光産業は「ただのサービス業」ではなく「地域再生・社会貢献産業」として再定義できます。これにより、若年層や多様な背景を持つ人材を惹きつけ、長期的に働き続けてもらえる職場づくりが可能になります。
さらに、充実した育成プログラムや明確なキャリアパス、柔軟で包摂的な職場制度、そして成果を測る指標を持つことで、観光産業全体の雇用の質を継続的に高められます。
観光事業者や地域、自治体、教育機関が協力し、「理念 × 多様性 × 教育 × 環境整備」のセットで取り組む。それこそが、これからの観光産業が直面する人材不足という構造的課題を、「新しい成長機会」に変えるカギではないでしょうか。
参考文献:
[1]WTTC Report Shows Travel & Tourism Set to Support 91MN New Jobs by 2035
[3]観光業の最大課題は「働き手不足」48.6% JRCが2025年調査を公表
[4]観光人材政策 | 観光地域及び観光産業の担い手の確保 | 観光人材の育成・確保 | 持続可能な観光地域づくり戦略 | 観光政策・制度 | 観光庁
