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対立から共創へ。ツーリストシップがひらく観光再生の物語と企業の新しい役割

2026 2/13
リジェネラティブツーリズム
サステナブルツーリズム 企業事例 取材 持続可能な観光
2026-2-17

観光地で深刻化するオーバーツーリズムは、単なる混雑の問題ではない。その本質は、旅行者と住民の対立構造にある。

多くの場面で、観光産業は経済効果を中心に評価されている。訪問者数や消費額といった数字が成功の指標とされ、地域固有の文化や住民の暮らしは軽視されがちだった。

その結果、旅行者は消費する存在として扱われ、住民は日常を脅かされる被害者という構図が生まれてしまっている。

こうした分断を乗り越える、新しい指針として注目されているのが「ツーリストシップ」だ。

ツーリストシップとは、旅行者が訪問先の文化や住民を尊重し、地域に貢献しながら交流を楽しむ姿勢や行動を指す。この概念を提唱しているのが、一般社団法人ツーリストシップ代表の田中千恵子さんである。

なぜ今、ツーリストシップが必要とされているのか。そして、分断された観光をどう再生していくのか。田中さんへのインタビューを通じて、その道筋を探る。

田中 千恵子さん

提供:TOURISTSHIP

千葉生まれ。2019年京都大学経済学部在学中に、一般社団法人を創設し、代表を務める。卒業後、社会起業家としてダイドードリンコ株式会社と異例のプロ契約を結び、現在はワオ・コーポレーション株式会社と契約している。2023年のInternational Youth DayでDTTT社が選ぶ世界の若者9人のうち、日本人で唯一選ばれる。著書に『「ツーリストシップ」で旅先から好かれる人になってみませんか』がある。

目次

ツーリストシップという新しい旅の指針

─── まず初めに、田中さんのプロフィールや現在行われている活動についてお聞かせいただけますか?

田中さん:一般社団法人ツーリストシップの代表を務めています。現在は、主に旅行者の行動変容を通じて持続可能な観光を築くために、日々活動を行っています。

─── 団体を立ち上げた当初はどのような活動を行っていましたか?

田中さん:団体を立ち上げたのは、大学3回生の頃(2019年)です。団体立ち上げ当初はツーリストシップをかかげておりませんでした。当時行っていたのは、ブレスレットなどの物販を通したメッセージの発信活動です。

旅行者と言えばお土産を買うイメージが強かったので、お土産品の販売を行い、そこに旅行者向けのメッセージを書いたらよいのではないかと考えていました。当時は物を概念の発信に使いたかったんです。

提供:TOURISTSHIP

田中さん:ですが、活動する中で次第にこの方法では限界がある、と感じるようになりました。その結果、たどり着いたのが「言葉」を使って広めていく方法です。

そして、2021年にツーリストシップという言葉を使い始めたところ、賛同の声を多くいただき、2022年には法人名もツーリストシップに変更しました。

マナーでもレスポンシブルでもなく「ツーリストシップ」である理由

田中さん:最近では、ポジティブな観光スタイルを指す言葉には、サステナブルやリジェネラティブ、レスポンシブルなどさまざまな表現があります。

実は、初めはツーリストシップではなく、レスポンシブルトラベラーという言葉を使っていました。しかし、レスポンシブルは和訳すると「責任」になってしまい、重い印象を与えると感じました。

私たちが目指しているのは「混んでいたら別の場所に行く」「ごみ箱がいっぱいだったら自分は持って帰る」といった、とても当たり前の行動を旅行者に意識していただくことです。それは責任というより、ささやかな気遣いのようなものです。

そのような小さな一歩という印象を作りたかったので、最終的に「ツーリストシップ」という言葉にたどり着きました。

ツーリストシップは、旅行者に特別な努力や犠牲を求めるのではなく、日常生活で当然行っている配慮を旅先でも発揮してもらうという考え方だ。この「気軽さ」と「実践のしやすさ」こそが、多くの旅行者を巻き込むための重要な要素となっている。

【旅人の再生】 「お客様」から「プレーヤー」へ

─── ワークショップなどの活動で「マナー」ではなく「ツーリストシップ」という言葉を使ったことで、人々の表情や受け止め方が大きく変わったと感じる瞬間はありますか?

田中さん:よく海外の方からは「クールだね(かっこいい)」や「ムーブドだね(心を動かされた)」と言っていただけます。日本の方からは「スポーツマンシップと似ていてわかりやすい」という声をいただくことが多いです。

提供:TOURISTSHIP

ツーリストシップは既存の価値観を「言語化」し「ブランド化」することで、実践を促す仕組みといえる。当たり前の行動も、明確な概念として提示されることで、人々の自己認識を変え、行動を後押しする力を持つ。

田中さん:私たちが推奨している「旅先に寄り添いましょう」「旅先を思いやりましょう」という考え方は、とても当たり前のことです。しかし、新たなコンセプトとして「ツーリストシップ」という形で打ち出すことで、共感や行動変容を促す効果が生まれます。

実際に、ツーリストシップという言葉を学んだことで「そんな旅行者に私もなりたいので行動を見直すようにしました」といった声もいただきます。

自分ごと化が行動を変える

「マナー」という言葉からは、守るべきルールという受動的なニュアンスを感じさせられる。一方で「ツーリストシップ」は、スポーツマンシップのように、自ら体現したい理想の姿勢として捉えやすい。

この違いが、旅行者を「ルールに従う客」から「主体的に行動するプレーヤー」へと意識転換させる鍵となっている。

マナーとツーリストシップとの違いとして、一つは自分ごと化されるかどうかという点があると思います。

マナーは、どちらかというと受け入れる側が使う印象があります。「マナーを守ってほしい」といった使い方ですね。そのため、守らせたい側が話す言葉であって、守る側の人が使いたい言葉ではないと感じます。

ツーリストシップももちろん、守らせたい側が使うこともあります。しかし、マナーよりも自分ごと化していただきやすいと感じます。「旅行者一人ひとりがツーリストシップをもって旅をしてくださいね」と伝えると、実際に自分ごととして受け止めていただけることが多いんです。

─── オーバーツーリズムを解決するうえで「自分ごと化」は重要な観点ですよね。

田中さん:これだけオーバーツーリズムが問題になっていても、旅行者自身はあまり「自分の行動を見直そう」とは考えていません。情報が届いても、自らの行動と結びつけて考える機会がなければ、意識の変化は生まれにくいのが現実です。

しかし、ツーリストシップのワークショップでは「確かにニュースでやってますね。これからは気をつけてみます」とおっしゃってくださる方が多くいらっしゃいます。

ワークショップという場を設けることで、旅行者は自身の行動とオーバーツーリズムの関連性に気づく。このように、一方的な情報提供ではなく、参加者自らが考え、気づきを得るプロセスを提供することが一番大切だと思います。

提供:TOURISTSHIP

【住民の再生】 「被害者」から「ホスト」へ

ツーリストシップでは、すべての人が旅先では「旅行者」であり、自分の住む地域では「住民」という立場になることを理解してもらうことで、互いに思いやれる関係を目指している。

─── ツーリストシップが目指している社会の形や人間関係について田中さんの言葉でお聞かせいただけますか?

田中さん:住民の方も旅行者の方も、どちらも心地よい状態であってほしいと願っています。

旅行というのは、経済的な価値をもつ分野である前に、異文化交流という文化的な価値を持つものだと思うからです。

長い歴史を見ると、こんなにも人々がさまざまな地域・土地を行き来している時代は、ここ200年くらいしかありません。最近になって、やっと人がどこにでも移動でき、さまざまな人と交流して、異なる価値観を知れる時代になりました。

ですが、最近はそれ以上に経済的な価値が目立ちすぎて、文化的な価値が軽視されているのではないかと感じます。

そのため、私たちは昔ながらの住民と旅行者の交流を復活させていきたいと考えています。

ツーリストシップは、観光を消費活動から人間的な交流へと再定義する試みといえる。経済的価値と文化的価値のバランスを取り戻すことで、住民と旅行者の双方にとって心地よい関係性を構築しようとしているのだ。

交流の欠如が嫌悪感を生む

─── ワークショップに参加したことで、旅行者の受け入れ方が変化したという住民の方はおられますか?

田中さん:終わった後に「(旅行者に)あまりいいイメージを持っていなかったのですが、皆さん素敵な方でした」とおっしゃる方は多くいらっしゃいます。

そもそも、なぜそうした旅行者への嫌悪感が生まれているのかというと、おそらく変化への恐れが主な要因です。

オーバーツーリズムの本質は、旅行者の存在そのものではなく、急速な変化に対するコントロール感の喪失にあると思います。旅行者が増え、町がどんどん変わっていくことに対して住民は疎外感を感じてしまう。そういった感情を表に出すときに、旅行者への嫌悪感に変わるのではないかと考えています。

しかし、実際に旅行者と触れ合ってみると皆、素敵な人ばかりで、そうした恐れや嫌悪感は解消されることがほとんどです。そのため、私たちは旅行者と気軽に触れ合える機会を数多く提供しています。

提供:TOURISTSHIP

─── イメージを直接的に変えるというよりは、ツーリストシップのワークショップを通して、旅行者が持っている人間性に気づいてもらう、というイメージでしょうか?

田中さん:そうですね。例えば、住民の方がよく誤解されているのは、旅行者の方のごみへの意識です。

旅先クイズ会では、よくごみに関する問題を出題します。その中で「ここにごみ箱があるので皆さんでそこまでごみを捨てに行きましょう」などと伝えると、訪日外国人の方々のポケットやリュックからごみがたくさん出てくることが多々あるのです。

訪日外国人はごみのマナーが悪いと思われがちですが、そうした光景を見ると日本人よりも意識が高いと感じます。実際に、参加されている住民の方々もその光景に驚かれ、認識が変わったとおっしゃる方も少なくありません。

旅先クイズ会が生む交流の連鎖

─── ワークショップを通じて住民と旅行者の交流が生まれた場面などはありますか?

田中さん:はい、そうした場面はたくさん目にします。

例えば、京都では小学生くらいの子どもと、そのお母さんが参加してくださりました。そのお母さんはフランスがとても好きで、子どもにフランス語を学んでほしいと感じていたそうです。

ちょうどそのとき、フランスから来られた方が旅先クイズ会に参加していたので、その場で交流が始まりました。旅行者の方も嬉しかったようで、そのあと私たちのブースが終わるまで、1~2時間ほどフランス語のレッスンをしていましたね。

また、私たちのワークショップは、海外の方にとっての交流の場にもなっています。

最近、日本のホテルやコンビニでは、海外の方が働いているお店も増えてきました。その結果、日本人と一度も話さずに旅行期間を過ごした、という訪日外国人の方もいます。

そのため、ツーリストシップのワークショップでようやく日本人と話せた、という旅行者も少なくありません。カタコトの日本語や英語でも、日本人とコミュニケーションを取れたことが良い思い出になった、と話してくれる方も大勢います。

提供:TOURISTSHIP

─── 日本人も訪日外国人もお互い交流したいと考えているのに、実際に交流できる場が不足しているのですね。

田中さん:確かに、日本ではそうした接点が少ないように感じます。夜はスナックやバーで交流が生まれることはありますが、日中は特にそうした場が少ないですね。

私たちのブースは、誰でも気軽に交流できるようになっています。そのため、旅行者と地元の人が、程よい距離感で関わり合える良い機会になっていると思います。

観光事業者・企業とツーリストシップ

─── ツーリストシップでは、旅行者や地域住民向けの活動以外に、観光事業者などの企業に向けた活動もされていると思います。具体的にどのような活動をされているか教えていただけますか?

田中さん:基本的には、発信物に関するアドバイスなどをさせていただいています。歓迎感を出しつつ、旅行者の方々にとってわかりやすく情報をお伝えする方法をアドバイスさせていただいています。

観光事業者にとって、旅行者へのコミュニケーション設計は重要な課題だ。規制やルールを一方的に押しつけるのではなく、歓迎の姿勢を保ちながら必要な情報を伝える技術は、顧客体験の質を大きく左右する。

加えて、ツーリストシップ検定という活動も行っています。事業者向けに行っているわけではありませんが、多くの観光協会やガイドさん、旅行会社さんが受けてくださっています。

画像出典:ツーリストシップ検定
提供:TOURISTSHIP

─── 検定に合格したら認定証などが発行されるのですか?

田中さん:はい、そうです。

ただ、実際は試験よりも、オンラインのワークショップが中心です。ワークショップの中で、ツーリストシップの基本や知識の定着を図る構造になっています。

そのため、一度受けていただければ、ツーリストシップに関してかなり体系的な知識を身につけていただけると思います。

─── ツーリストシップのスポンサーをされている企業とは、具体的にどのような活動を行っていますか?

田中さん:ツーリストシップでは、ダイドードリンコ株式会社と株式会社ワオ・コーポレーションがスポンサーとして参加してくださっています。

ダイドードリンコさんに関しては、新規事業に観光の要素を取り入れる際にアドバイスをさせていただくなどの形で、関わらせていただいています。

たとえば、奈良県の春日大社に「鹿せんべい自販機」というものが設置されています。こちらはダイドードリンコさんとツーリストシップが協働して開発、設置したものです。

パッケージには、ツーリストシップに関する情報なども記載させていただいています。

提供:TOURISTSHIP
提供:TOURISTSHIP

─── 企業側はツーリストシップとの協働を通じて、どのような価値やメリットを感じていると考えられますか?

田中さん:ツーリストシップという「公的な理念」をハブにすることで、通常であれば接点のない異業種や行政、地域プレイヤーとのフラットな関係が構築しやすくなる点だと思います。

ツーリストシップでは、年に2~3回ほど、関係者が集まる会を開催します。そこには観光産業をはじめとした色々な方が集まってくださるので、企業の方にとっては新たな関係が生まれる場になっているのではないかと思います。

2030年、世界の「心のインフラ」へ

─── 以前、2030年頃にはツーリストシップを世界に広げていきたいと話されているのを拝見しました。世界に浸透させるとなると日本以上に文化やマナーの違いが目立つと思うのですが、その点で何かハードルや課題と感じていることはありますか?

田中さん:世界に広めることの難しさは、分権的である点です。つまり、各地域がそれぞれ独自の言葉や概念を持っているため、統一的なアプローチが難しいということです。

ツーリストシップの活動をしていると、それぞれのアイデンティティや言葉がぶつかってしまうケースがあります。

たとえば、京都には「京都観光モラル」が、沖縄には「エシカルトラベル」という言葉があります。そのため、ツーリストシップという言葉を広めるためには、不本意ながら既存の言葉や考え方と戦わなければならない場面があります。

海外に広めるとなると、政治的な要素も加わるのでより困難です。中には日本から生まれた言葉だと、それを使いたがらない国もあります。

そのため、使いたい、使いたくないという次元ではなく、一般用語のような「当たり前の言葉」として使われる形を目指さなければならないと思っています。

ツーリストシップが示す、分断を越える観光再生の道筋

提供:TOURISTSHIP

─── ツーリストシップが「当たり前の言葉」として世界に広まったとき、旅行者と地域住民の関係はどのようなものになっていると思いますか?

田中さん:旅行者も住民も事業者も、経済的なメリットだけでなく、文化的なメリットも受けつつ心地よい関係性となることを目指したいです。

経済的なメリットも大切だとは思うのですが、そこだけにとらわれないことが大切だと思います。文化的な豊かさや人間的なつながりといった、数値化しにくい価値を取り戻すことが、持続可能な観光の鍵だと感じています。

─── 家族や友達のような、利害関係ではなく互いに思いやることが当たり前という、日常的な関係が観光の世界で広がっていくイメージでしょうか?

田中さん:そうですね。「お互いを思いやりましょう」という、本当に当たり前のことが大切だと思います。

特に、国を超えた観光では「自分」だけではなく「国」という大きな主語を持った状態で交流をしなければなりません。その点が、観光の面白さであり、楽しさであり、怖さでもあります。

だからこそ、お互いが当たり前に、一層の思いやりを持って関わり合うことが大切だと思います。

─── 最後に、観光事業者の方に向けて伝えたいメッセージがあれば聞かせてください。

田中さん:可能であれば、ぜひツーリストシップ検定を受けていただきたいです。もしコスト的に厳しいのであれば「ツーリストシップ行動集」というものも無料で提供しています。

行動集 – TOURISTSHIP

田中さん:「マナー」や「思いやり」と言葉にするのは簡単だと思います。ただ、その背景には想像力や知識が必要です。抽象的な概念を実践に落とし込むには、具体的な判断基準が欠かせません。

私たちは、そうした知識や行動を「ツーリストシップ行動集」という形で、68個の項目にまとめました。

まずは、ツーリストシップを意識して旅行してみたり、商品を作ってみたりすることが第一歩です。

その次に、さらに何を意識すればよいのか、具体的にすればよいのか、ということを考える際に、ツーリストシップ検定やツーリストシップ行動集を活用していただければと思います。

消費から交流へ――ツーリストシップが描く観光の未来

ツーリストシップは、旅行者に「ルール」ではなく「思いやり」を問いかける。

消費社会に生きる私たちは、観光地を「消費する場所」として捉え、効率的に回りがちだ。だが、ツーリストシップが投げかけるのは、そうした一方的な関係では満たされない、本質的な「問い」だ。

マナーという押し付けに頼らず、一人ひとりが「自分ごと」として向き合い続ける。その余白に満ちた関わりこそが、旅行者自身の意識の変化と、地域との真の交流を促していく。

ツーリストシップの挑戦は、私たちに「いかに旅するか」という、最もシンプルで、最も大切な「問い」を突きつけている。




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