「世界遺産がない」は弱点ではない。四国が挑む、持続可能性という生存戦略

2022年、世界的旅行ガイドブック『ロンリープラネット』が発表した「Best in Travel 2022」地域部門において、四国は世界第6位に選出された。
評価されたのは、お遍路文化や上勝町のゼロ・ウェイスト、そして祖谷のかずら橋といった、地域に根付く営みやストーリーだ。
「愛媛」や「香川」という個別の県名ではなく、「SHIKOKU」という “面” としてのブランドが、今、世界のツーリズム業界で静かに、しかし確実に評価を高めている。

この快挙の裏には、緻密な戦略と、一人のリーダーが抱いた強烈な「危機感」があった。四国ツーリズム創造機構の桑村さんは、世界遺産も新幹線もない四国の現状を直視し、「持続可能な観光(サステナブルツーリズム)」を手段の1つとして『四国ブランドの確立』というビジョン達成を目指してきた。
なぜ四国は、短期間で「世界のサステナブル先進地」へと変貌を遂げることができたのか。その戦略の全貌と、観光がもたらす地域再生の本質に迫る。

桑村 琢さん
1988年JTB入社。団体旅行広島支店にて海外団体旅行営業を11年務めた後、JTB EUROPEパリ支店に勤務。帰国後は倉敷支店長、鳥取支店長、岡山支店長などを歴任。2020年2月に一般社団法人四国ツーリズム創造機構 事業推進本部 本部長に着任。
ゼロから始まった国際認証への挑戦
時計の針を2020年に戻すと、四国の状況は現在とは全く異なっていた。当時、JTBから出向し、香川へ赴任した桑村さんが直面したのは、圧倒的な「意識のギャップ」だったという。
対岸の岡山県は、SDGs先進地として知られ、行政や経済界が一体となって2030年の国連目標(SDGs)達成に向けた活動を推進していた。街を行き交うビジネスマンの襟にはSDGsバッジが光り、当事者意識が浸透しはじめている。
しかし、海を一つ渡った四国では、SDGsバッジをつけている人はおらず、「SDGs」の言葉さえ浸透していない。2030年というゴールに向けた国際的な潮流の中で、四国は大丈夫なのかと不安を感じた。

その焦りは、四国観光が抱える構造的な弱点ともリンクしていた。四国には、京都のような世界遺産もなければ、アクセスを劇的に変える新幹線も走っていない。もちろん、阿波踊りや道後温泉といった強力なコンテンツは各県に存在する。しかし、それら単体では「点」の魅力に留まってしまうのだ。
桑村さん:確かに、四国遍路や豊かな自然といったコンテンツはあります。しかし、それだけでは海外の旅行者に「四国全体を周遊しよう」と思わせる決定打にはなりにくいのです。結局、旅行者は対岸の広島や岡山に戻ってしまう。「このままでは、四国は誰にも選ばれない場所になる」という危機感がありました。しかし、周囲の職員にはまだその認識が薄かったのです。
圧倒的な武器がないのなら、戦い方を変えるしかない。桑村さんは「今、自分がやらなければ誰もやらない」という決意を胸に、華やかな箱物施設を作ることではなく、四国の各地域が本来持っている価値を持続可能な形で磨き上げる「国際認証」への挑戦を決意する。
「点」を「面」に変えるネットワーク構想
転機となったのは2020年6月である。観光庁が「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」を策定し、持続可能な地域づくりを目指すモデル地域の募集を開始した。
その後、観光庁がモデル地域の数を拡大していく中で、持続可能な観光の国際認証であるグリーン・デスティネーションズ(GD)が主催するストーリーコンペティション「TOP100」への注目も次第に高まっていった。
GDのTop100とは、単なる観光地の人気投票ではない。持続可能性への取り組みやその背景にある「ストーリー」を世界基準で評価する国際的なコンペティションであり、選出されることは、世界的な認知を得るための登竜門となる。
GDのTOP100は、認証とは異なる枠組みであるものの、地域がサステナビリティに取り組み始める最初のステップとして、適した位置づけにある。桑村さんは話を聞いてくれた、小豆島町と大洲市の地域DMOであるキタ・マネジメントに呼びかけ、「地域のブランディングのために」応募することを勧めた。

しかし、最初に持続可能な観光地域に選定されたのは、ニセコや京都、沖縄といったオーバーツーリズムに悩む地域ばかり。それでも桑村さんはあきらめず、翌2021年の再申請へと動き出したが、外部からの審査だけではなく、「四国の観光関係者への説得」も難航したという。
地域が再申請を検討する際、地域からは「これを取ったら本当に観光客が来るのか?」という懐疑的な声も上がったが、桑村さんは粘り強く説得を続けた。
桑村さん:認証取得はゴールではありません。あくまで、地域をどうブランディングしていくかという「手段」の一つです。これを武器にして、どう地域の価値を伝えていくかが勝負なのです。
地域の観光施設や交通機関にも協力を仰ぎながら、外堀を埋めていった。観光課の職員や地域おこし協力隊の奮闘もあり、2021年5月、モデル地区に選ばれた小豆島町は10月に四国初のGD TOP100に選出された。同じくモデル地区に選ばれた大洲市も2022年にTOP100に選出された。

その努力は、確実に世界へと届いた。小豆島町と大洲市は、その後さらに取り組みを深め、GDアワードにおいて上位の賞である「シルバーアワード」を受賞する快挙を成し遂げている。(シルバーアワードは土庄町と一緒に小豆島として受賞)何もなかった四国に、世界基準の勲章が輝き始めた瞬間だった。
さらに、自治体への働きかけと並行して、桑村さん率いる四国ツーリズム創造機構も自ら動いた。組織として率先して取り組む姿勢を示すため、全職員に対し、サステナブルツーリズムの国際的な認定資格である「GSTC* Certificate(認定)」の取得を義務付けた。
これは単なるスキルアップではない。職員全員が「世界基準の物差し」を理解し、地域と対話するための共通言語をインストールするプロセスでもある。こうして、地域とDMOの双方で、着実に「点」の実績が生まれ始めた。
*GSTC(Global Sustainable Tourism Council): 「世界持続可能観光協議会」。持続可能な旅行と観光のための国際基準(グローバルスタンダード)を制定・管理している国際的な非営利団体。

この「点」を「面」へと広げる次なる一手が、2022年の「持続可能な観光推進ネットワーク」の設立だ。自治体連携によって生まれたこのネットワークには、現在22団体が加盟。四国4県すべてに認証地域が存在するまでに拡大している。
桑村さん:点ではなく、各県で取り組む地域が増えて「面」になることで、四国全体のブランド価値が向上します。「四国に行けば持続可能な観光が体験できる」という認知こそが、弱みをカバーする最大の手段になるのです。
実際、この戦略は教育旅行の現場で確かな成果を上げ始めている。現在、東京の高校などが修学旅行の舞台として四国を選び始めているのだ。

生徒自身が主体となってコースを企画する際、彼らが選ぶ基準となるのが「SDGs」や「学びの深さ」だ。持続可能な取り組みや学習プログラムが充実している地域こそが、感度の高い若者たちに“選ばれる場所”となっているのである。

世界基準の評価を勝ち取る「ストーリー」の力
GDのTop100において最も重要視されるのが「ストーリー」だ。なぜその取り組みが必要なのか、地域にどう根付いているのか。ターゲットとなる旅行者層によって、響くポイントは大きく異なる。
桑村さん:アジアの方は、アトラクションとしての面白さや視覚的な「映え」を重視する傾向があります。一方、欧米の方は「なぜここにあるのか」「なぜ石で作っているのか」というストーリーや理由を求めるため、ガイドが背景を説明して初めて感動してもらえるのです。
この文化的背景の違いは、伝統工芸品「丸亀うちわ」の反応を例にとっても、顕著に表れる。安価なプラスチック製が普及する中で、数千円もする伝統工芸品を購入するハードルは、アジア圏の旅行者にはまだ高い傾向にある。
一方で、欧米の旅行者は「素材である竹をどこから調達し、職人がどう仕上げているか」というプロセスそのものに価値を見出すのだ。GDへの挑戦とは、将来的に認証取得を目指すことだけを目的としたものではない。こうした産品の背景や文脈を丁寧に整理し、世界に通用する「価値」として再定義する作業そのものなのである。

香川県 丸亀市はこの視点を取り入れ、戦略を転換した。当初は丸亀城の石垣修復などをテーマに申請を試みたが、世界中の候補地と競うには独自性が課題だった。
そこで2025年、市は観光事業者や学生と連携し、地域資源の再発掘を行う中で「循環」というキーワードを見つけ出した。名園「中津万象園」の松の葉を、レモンの木の根元に敷いて保温し、育ったレモンを加工品にする。こうした資源の巡りを可視化し、地域課題の解決と教育を結びつけたのだ。

結果、丸亀市は「街が教室になる ― 次世代に繋ぐ、学びから始まる循環型観光 ―」というストーリーで見事GDのTop100に再選出された。単なるモノの消費ではなく、背景にある物語への共感が、世界基準の評価を勝ち取ったのである。
観光がもたらす、住民の再生
持続可能な観光(サステナブルツーリズム)の先にある概念として、観光を通じて地域をより良い状態にする「再生型観光(リジェネラティブツーリズム)」が注目されている。
四国におけるGDの取り組みは、まさに地域住民の意識を変え、誇りを取り戻すプロセスでもあった。桑村さんは、四国初のGDアワードを受けた小豆島町での変化を、嬉しそうに語る。
桑村さん:小豆島町長から言われて、特に嬉しかった言葉があります。「祭りのごみ箱を4つから1つに減らし、 高校生が中心となって分別を呼びかけたところ、ごみの総量が減り、分別も徹底された。職員も会議で “それはサステナブルか?” と発言するようになった」と。
GDアワードの獲得は、単なる観光客誘致に留まりません。地元の高校生や職員の意識を変え、シビックプライドの醸成に繋がったという確かな実感があります。
外部からの評価が、内部の意識を変える。観光は単なる経済活動を超え、地域の誇りを再生する装置として機能し始めたのだ。
「逆転の発想」でネガティブを資産に変える
観光の力は、地域のネガティブな要素さえもポジティブな価値に変換する。その象徴的な事例が、高知県 黒潮町の取り組みだ。
黒潮町は、南海トラフ地震において “国内最大級の津波被害” が想定されている地域である。通常であれば「住むのが怖い」と敬遠されかねないこの情報を、彼らは逆手に取った。
いざという時のために、地元の食材を使った美味しい「グルメ缶詰」を開発。“日本一津波が来ると言われる町が作った、本気の防災食” としてブランド化したのだ。

リスクを隠すのではなく、真正面から向き合い、それを商品化して伝える。この強烈なレジリエンス(回復力)は、観光という視点を持つことで初めて輝きを放つ。
桑村さん:災害時に食事で困らないよう、すぐに食べられる美味しい缶詰を作ろうと考えた。それを今、観光コンテンツに昇華させているのです。非常にポジティブで力強い発想だと感じました。これは観光でないとできない発想ですよね。逆境を逆手にとって、ブランド力に変えている。そんな転換は、観光の視点があってこそ生まれる。そこが面白いのです。
帰りたい故郷が「世界のTop100」であるために

インタビューの終盤、桑村さんはこれまでの5年間を振り返り、予想以上の成果に顔をほころばせた。
桑村さん:当初のKPIは5年間で「国際認証8地域 JSTS-Dロゴ獲得16団体」でしたが、それを上回る「国際認証累計で11地域、JSTS-D18団体」となっています。5年のうちに四国からシルバーアワードを受賞する地域が出てくるとは、正直、予想してませんでした。
香川県の丸亀市や三豊市、徳島県の三好市、高知県の黒潮町など四国4県に受賞地域が出たことも本当に嬉しいです。各地域の皆さんが、本当によく成し遂げてくれたと感謝しています。
GDのTop100選出やアワードの受賞など、四国の取り組みは加速している。だからこそ、桑村さんは自身の役割を次のフェーズへと移した。
「先行地域には、すでに自走する力が備わっている」と確信する桑村さんは、Top100やアワードを目指す新たな仲間を増やし、22団体にまで成長したネットワークをさらに広げることで、四国全体の底上げを図ろうとしている。
先進事例を作る段階から、裾野を広げる段階へ。その視線の先には、地方における観光産業への揺るぎない信念があった。
桑村さん:田舎においてこそ、地域の雇用や産品を生み出す観光業は生命線となります。そして、「ストーリーがない地域」など存在しません。たとえ有名な歴史がなくても、日々の暮らしやごみ処理の工夫など、探せば必ず物語は眠っています。
一過性のイベントではなく、そうした物語を年間を通じたブランディングとして育てていくことが重要なのです。

GDのアワード獲得も、お遍路の再評価も、すべては「地域ブランディング」という一つの目的に集約される。それは単に観光客を呼ぶためだけではない。かつてこの地を離れた若者たちが、いつか故郷を振り返ったとき、「帰りたい」と思える誇り高い場所であるために。
桑村さん:いつか若者が故郷を振り返った時、「自分の地元は世界のTop100に選ばれている」と気づく。その誇りが、Uターンや移住を考えるきっかけになればいい。それこそが、私たちが目指す真の地域ブランディングなのです。
「世界遺産がない」という欠乏感から始まった四国の挑戦。それは今、世界の旅行者が憧れる「サステナブルツーリズムの島」へと、確かな結実を見せ始めている。
取材協力:四国ツーリズム創造機構
