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「ビジョン」が人を育て、「人」が未来をつくる。 香川県 “かがわの「里海」づくり”が示す、持続可能な“仕組み”

2025 12/17
環境(水、森林、海洋、エネルギー資源)
取材 持続可能な観光 気候変動 香川県
2026-1-6
提供:香川県

かつて暮らしと密接だった海が、今、多くの地域で「遠い存在」になりつつある。

海洋ごみ問題、生物多様性の損失、そして人々の意識から海が遠のいていく「関わりの希薄化」。関わりが薄れていくことで、私たちの暮らしから海が切り離され、自然とのつながりが見えなくなっていく。これは、日本の多くの沿岸地域に位置する都市や町に共通する深刻な課題なのかもしれない。

もちろん、各地の自治体や市民団体が、この課題に手をこまねいているわけではない。海岸清掃や環境教育など、熱意ある活動は無数に存在する。しかし、その多くが「継続性」という高い壁に直面しているのもまた実情だ。

そうした中、10年以上にわたり多様な人々を巻き込み、着実に発展を続けるプロジェクトがある。それが、香川県の “かがわの「里海」づくり”だ。

今回、同プロジェクトを進める香川県に、その秘訣を取材した。なぜ香川県は「持続可能な取り組み」を実現できているのか。取材から見えた鍵は、目先の成果を追うことではなかった。

将来を見据えた明確なビジョンを定め、その実現を担う人材を育てる。この二本柱による揺るがない仕組みづくりにあった。

すべての推進力は「ビジョン」から。10年続く活動の“揺るがない軸”

香川県が掲げる、人と自然が共生する、持続可能な豊かな海。その目指すべき姿について、香川県環境管理課の担当者はこう説明する。

私たちが掲げている「目指すべき香川の里海の姿」には「美しい海」「生物が多様な海」そして「交流と賑わいのある海」の3つの柱があります。

「美しい海」とは、ごみがなく水質が良好であること。「生物が多様な海」とは、生物多様性が保全され、豊かな生態系が息づいていること。

そして「交流と賑わいのある海」とは、ただ綺麗なだけでなく、人が海と関わり、地域の資源として活用されている状態を指します。

画像出典:香川県

2013年9月7日、香川県は “かがわ「里海」づくりビジョン” を策定した。特筆すべきは、このビジョンこそが、プロジェクト最大の成功要因であるという点だ。香川県が最初に着手したのは、目先のイベント開催ではなく、この「里海ビジョン」を徹底的に固めることだった。

庁内の関係各課はもちろん、専門家、漁業者、市民団体など、あらゆるステークホルダーと膨大な議論を重ね、未来の姿を丁寧に描き出した。

そのプロセスは、周到に設計されていた。まず「検討会」を複数回開催し、中心となるメンバーである程度の形を整える。その上で、より広い関係者の意見を聞き、海ごみ問題など特定分野に強い関心を持つメンバーも加わって、内容をまとめ上げていったという。

その中で、山・川・里(まち)・海を含む全県域を1つの大きなエリアと捉え、県民みんなで連携しながら「里海」づくりに取り組むという、ビジョンの基本方針が定められた。

香川県は日本で面積が最も小さい都道府県なので、県内のどこからでもすぐ海に行けます。

県内どこでも人の暮らしと海が近いと言えるため、たとえ海辺に住んでいなくても、海は県民にとって身近な存在なのです。

海との近さゆえ、「山や里(まち)のごみが、川を通じて海に流れ着く」という山・川・里(まち)・海の連環が、より身近な現実として存在する。香川県は「海と山はつながっている」という根本思想を大切にし、ビジョン策定の段階から海と山を分断しなかった。

画像出典:香川県

なぜ、そこまで丁寧な合意形成と “ビジョンそのもの” にこだわったのか。 それは、目指すべき香川の「里海」の姿と取り組みの方向性を明確にするためだった。

担当者が代わるたびに方針がブレては、関係者からの信頼は得られず、活動は失速する。香川県は、人が代わっても決して揺らぐことのない、共通の「ビジョン」を最初に作り上げた。それこそが、10年以上にわたり多様な人々を巻き込み続ける、強力な原動力となっている。

「かがわ里海大学」が生み出す、持続可能なつながり。

強固なビジョンを掲げるだけでなく、それを実現するための「エンジン」を搭載していることもまた、香川県の強みだ。その核となる施策が、約10年にわたり続く人材育成プログラム「かがわ里海大学」である。

画像出典:香川県

私たちは「かがわ里海大学」に二つの大きな柱を置いています。

一つは、裾野を広げるために、海に関心を持ってもらうこと。これは、参加者自身に「私と海のつながり」に気づいてもらうことです。

そして、もう一つの柱が、活動を自ら実践する「人材の育成」です。

香川県はかがわ里海大学を通して、まずは一つ目の「気づき」で海を “自分ごと” として捉えてもらい、二つ目の「人材育成」でその先の “実践” を担うリーダーを育てる。この二段階の設計が、プロジェクトの好循環を生み出す鍵となっている。

画像出典:香川県

かがわ里海大学のプログラムが優れているのは、単なる学びの場で終わらない点にある。「参加者」が、やがて里海づくりをけん引する人材へと変わっていく──。そんな好循環を生み出している。

象徴的なのが、かがわ里海大学での養成講座を受講した者が、後に県の委嘱を受けて「香川県海岸漂着物対策活動推進員(かがわ海ごみリーダー)」となるケースだ。

彼らは、自ら清掃イベントを企画・主催するようになり、今やプロジェクトを支える重要な「仲間」として活躍している。

画像出典:香川県

この活動は、地元出身者だけに閉じたものではない。元々、香川に住んでいたわけではなくとも、香川県や瀬戸内海に魅力を感じ、移り住んだ今、活動に貢献している人もいるという。

“ビジョン” に共感した個人が行動を起こし、その行動がまた新たな「仲間」を育てる。かがわ里海大学は、まさにかがわの「里海」づくりを持続させるための、強力なエンジンとして機能している。

この「仲間」の輪は、個人だけでなく企業にも広がっている。 2024年3月、県は新たに「かがわ里海づくりパートナー制度」を立ち上げた。これは、企業や団体の里海づくり活動を県のホームページで情報発信し、「里海」づくりを県内全域へ発展させる仕組みだ。

画像出典:香川県

企業がパートナー制度に参加する背景には、CSR活動やSDGsへの関心の高まりから、「自分たちの地域でも活動したい」という思いがあると考えられる。

すでに、パートナーである企業がポータルサイト「せとうち里海プロジェクト」を作成・運営するなど、具体的な動きも生まれている。 

これまで県がホームページで発信するだけでは届きにくかった層に対し、新しいアプローチで情報を届けられるようになったことからも、このポータルサイトの役割は大きい。

画像出典:せとうち里海プロジェクト

「仲間づくり」の流れは、次世代にも着実に受け継がれている。主に小中学生を対象にした「環境キャラバン隊」による、環境保全に関する出前講座もその一つだ。

この出前講座の成功を支える強力なツールが、オリジナル教材「ウミゴミラと学ぶ 海ごみの教科書」だ。こうした分かりやすい資料を通じた啓発は、プロジェクトの初期から続く重要な取り組みでもある。 

画像出典:香川県

とくに「海ごみの教科書」は、小学生にも理解しやすいイラストを多用したデザインが好評で、「(配布先から)在庫がなくなったので、もうちょっと欲しい」と追加の連絡が来るほどだという。

キャラバン隊の講座で、復習用に配布するほか、イベントでのブース出展時にも活用され、資料を手に取ったことがきっかけで、活動を知る人も多い。

講座の中で、小学生の皆さんからたくさんの質問が出たり、自分が感じたことを積極的に発表してくれたりする機会が非常に多くあります。

そうした姿を見ると、里海づくりについてよく伝わったのだなと、手応えを実感します。

実際に小学生から寄せられる質問は、実にさまざまだ。「香川県にはプラスチックが何個落ちているんですか?」といった純粋な問いもあれば、「どうしたらごみが減りますか?」という、問題を真剣に受け止めた質問も飛んでくる。

時には「今まで見た海ごみの中で、一番面白かったものは何ですか?」といった無邪気なものもあるという。担当者が、とくに印象に残っていると語るのは、イカ釣り漁などで使われる業務用の巨大な電球だ。大人の頭ほどの大きさの電球が、そのまま海岸に打ち上げられており、「これは何だろう?」と皆で話し合ったことがあったという。

子どもたちからの無邪気な質問は、時に活動の原点を振り返らせ、運営する側にも新たな「気づき」をもたらしてくれる。参加者と主催者、そして次世代が相互に学び合うこの好循環こそが、プロジェクトの推進力を絶やさず、未来へとつなげている。

“ビジョン” が育てる、フィールドを超えたつながり。

「里海づくり」という言葉は、最初は馴染みがなくて、何をすればいいか迷ってしまうことも多いです。

しかし、実際は、山からでも、川からでも、里(まち)からでも、どこからでも手をつけることができ、誰でも気軽に始められる活動です。

まずは簡単なことから「やってみる」という形で始めることが、里海づくりを続ける上で大切なのかもしれません。

この「山・川・里(まち)・海をつなげる」という視点は、単なるスローガンではない。「里山保全」という段階には至らずとも、フィールドとしての「山」の重要性はプロジェクト初期から認識されており、「かがわ里海大学」でも山関係の講座が当初から開催されてきた。

画像出典:香川県

こうしたフィールドを超えた動きは、観光分野につなげられないだろうか。「かがわ里海大学」の取り組みの一つとして、かがわ里海大学で養成した里海ガイドが企画する「里海体験ツアー」が毎年開催されている。これは、島を巡ったり、牡蠣やハマチの養殖が盛んな地域を訪れたりといった、年ごとに変わる様々な企画を楽しめるツアーで、観光分野にもつながる取り組みとなりそうだ。

画像出典:香川県
画像出典:香川県

里海体験ツアーでは、現地で里海について学び、その土地の「食」も体験してもらうことで、里海の豊かさを総合的に知ってもらうことを目的としている。

「かがわ里海大学」で育った里海ガイドが、里海の魅力を発信している。


香川県が取り組むかがわの「里海」づくりの推進力の源は、一貫してブレない “ビジョン”の共有にあった。香川の土地に根付いた人たちが「未来を創る」という想いで、多様な仲間と共に、最初に “ビジョン” を丁寧に作り上げた。

この強固なビジョンは、進むべき道を示す「羅針盤」であると同時に、人と人をつなぐ「共通理念」として、多くの人々を巻き込んでいく。

かがわの里海がつなぐ「未来への想い」は、部署や企業、世代を超えたコミュニケーションとなり、新たな関係性を生み出し続けている。




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