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環境や社会への配慮が求められるなか「何から始めればいいのか分からない」と悩むホテル・旅館経営者や運営担当者も多いのではないでしょうか。
そんな課題を解決する手段として注目されているのが、「Hotel Sustainability Basics(ホテル・サステナビリティ・ベーシック)」です。[1]
これは、WTTCが策定した世界共通の持続可能性ガイドラインで、初めてでも無理なく導入できる内容が特長です。
本記事では、12の基準や導入プロセス、得られるメリットについて詳しく解説します。
Hotel Sustainability Basicsとは?

Hotel Sustainability Basicsは、WTTC(世界旅行ツーリズム協議会)が策定した、ホテル・旅館などの宿泊施設がまず取り組むべき持続可能性基準をまとめた世界共通のガイドラインです。
WTTCは1990年に設立され、旅行・観光産業を代表する約100社が参加する組織として、業界全体の持続可能性向上を担っています。
この基準が生まれた背景には、各地で環境保護や地域社会への配慮の取り組みに大きな差が存在していたことがあります。そこで「すべての宿泊施設が最低限導入すべき共通の指標」を定め、観光産業の底上げを図ろうとしたのです。
Hotel Sustainability Basicsは、初めて持続可能性に取り組む宿泊施設でも無理なく進められるよう、下記のように環境と社会の両面をカバーする12の行動項目が設定されています。
- エネルギー効率の改善
- 廃棄物削減
- 水資源管理
- 従業員の健康・安全
- 地域コミュニティとの協働など
この12項目をクリアすると、より高度な認証や取り組みへとステップアップするための土台が築けます。
こうしてHotel Sustainability Basicsは、世界中の宿泊施設が同じスタートラインに立ち、地球と地域社会に配慮した運営を始めるための「入口」となる枠組みを提供しています。
3つの主要カテゴリーと12基準
Hotel Sustainability Basicsは「効率性(Efficiency)」「地球環境(Planet)」「人・地域社会(People)」の3つのカテゴリーに分類され、環境と社会の両面をカバーする12の基準で構成されています。
これらの基準は業界内で慎重な検討を重ねたうえで選ばれており、すべての宿泊施設が取り組むべき基本的な持続可能性の行動を示しています。
そこで、業務効率とゲスト対応の両面を網羅しつつ、取り組みやすい数として12項目が最適と判断されたのです。
効率性(Efficiency)
効率性カテゴリーでは、エネルギーや水の使用量、廃棄物、二酸化炭素排出量の計測と削減に注力します。
具体的には、次の4つのアクションを通じて、資源管理の最適化とコスト削減を図ります。
- エネルギー使用量の計測・削減
- 水使用量の計測・削減
- 廃棄物量の把握・削減
- 二酸化炭素排出量の計測・削減
これらの取り組みは、環境負荷を軽減するだけでなく、運営コストの削減にもつながる重要な要素です。
測定から始まり、データに基づいた継続的な改善を行うことで、宿泊施設は効率的で持続可能な運営体制を築くことができます。
地球環境(Planet)
地球環境カテゴリーは、環境保護のための基本的なアクションに焦点を当てており、12基準中最も多い6項目で構成されています。
- リネン(タオルやシーツ)の再利用プログラム導入
- 環境に配慮した清掃用品の使用
- ベジタリアンメニューの提供
- プラスチック製ストローやマドラーの廃止
- 使い捨てプラスチック製ペットボトルの廃止
- 大容量の詰め替え式アメニティディスペンサーの導入
これらの基準は、日常的な宿泊施設運営において、日常のオペレーションで環境への負荷を最小限に抑える具体的な取り組みを示しています。
ゲストが直接体験できる環境配慮の取り組みでもあり、持続可能な観光への意識を高める教育的な効果も期待できるでしょう。
人・地域社会(People)
人・地域社会カテゴリーは、地域コミュニティと従業員に対する、前向きな貢献のための基本的なアクションを定めており、以下の2つの基準で構成されています。
- 地域社会への貢献
- 不平等の削減への取り組み
このカテゴリーは、宿泊施設が地域社会の一員として果たすべき社会的責任を明確に提示。
地域社会への貢献として、地元企業とのパートナーシップや地域文化の魅力発信、地元雇用の創出などを通じて、地域全体の経済や活力を支える役割が求められています。
不平等の削減では、従業員が安心して働ける職場環境の整備や公平な雇用機会の提供、多様性への配慮と尊重が重視されており、こうした取り組みを通じて持続可能な社会を目指します。
Hotel Sustainability Basicsの認証・検証の流れ
Hotel Sustainability Basicsでは、宿泊施設が12の基準を確実に実行していることを第三者機関が客観的に確認する検証システムを採用しています。
WTTCは国際的に信頼されているGreen KeyとSGSという2つの専門機関と連携し、オンラインで簡単に申請・審査できる仕組みを構築しました。[2][3][4]

この仕組みは「認証(certification)」ではなく「検証(verification)」と呼ばれており、宿泊施設が段階的に持続可能性の基準を満たしていることを証明する制度として設計されています。
4つの必須条件
Hotel Sustainability Basicsの検証を受けるため、宿泊施設は4つの基本的な必須条件をクリアする必要があります。[5]
まず、3つのカテゴリー(効率性、地球環境、人・地域社会)からそれぞれ最低1項目ずつ必ず選択して実施することが求められます。これにより、環境と社会の両面でバランスの取れた取り組みが保証されます。[6]
次に、1年目には12項目中8項目を実施し、残りの4項目は3年以内に段階的に導入することが必要です。つまり2年目には912項目の実施が求められ、無理のない段階的なアプローチで進められます。
さらに、各基準の実施については具体的な証拠資料の提出が必要で、オンライン上で自己評価質問票への回答と関連文書のアップロードを行います。[7]
最後に、提出された情報について検証パートナーによる審査を受け、基準への適合性が確認されることが条件となります。
段階的な認証プロセス
認証プロセスは3つの明確なステップで構成されており、宿泊施設が持続可能性を着実に高めていけるよう、段階的に進められる仕組みになっています。
ステップ1:登録と検証パートナー選択
WTTCの公式サイトでHotel Sustainability Basicsに登録し、確認メールで地域の検証パートナー(Green KeyまたはSGS)を選択します。
SGSでは3つのサポートパッケージ(スタンダード99ユーロ、プリファード148ユーロ、プレミアム198ユーロ)から予算とニーズに応じて選択できます。
ステップ2:証拠提出と自己評価
選択したパートナーのオンラインプラットフォームで自己評価質問票に回答し、各基準の実施を証明する文書や写真をアップロードします。
質問票は一般情報、効率性、地球環境、人・地域社会の4セクションに分かれており、実施予定の基準を選択して関連証拠を提出します。
ステップ3:審査と検証
提出資料について検証パートナーの専門チームが審査を行い、通常2〜3週間で結果が通知されます。審査に合格すると正式な検証証明書が発行され、宿泊施設は「Hotel Sustainability Basics検証済み」として公式に認められます。
検証は年次更新が必要で、段階的に項目数を増やしながら継続的な改善を図ります。
Hotel Sustainability Basicsを取得することで宿泊施設が得られる6つのメリット
Hotel Sustainability Basicsの認証を取得することで、宿泊施設はブランド価値・信頼性の向上だけでなく、コスト削減や運営管理の効率化など多角的なメリットが得られます。
1.顧客ニーズへの対応
Hotel Sustainability Basicsは、環境意識の高い旅行者の増加に対応する有効な手段として機能します。
世界の旅行者の70%以上が、環境に配慮した宿泊施設を選択したいと考えるようになり、特にミレニアル世代とZ世代は、自分の価値観と一致するブランドを支持する傾向が強くなっています。[8]
持続可能性の取り組みは、顧客の信頼と満足度を高める重要な要因でもあります。宿泊施設が環境配慮を実践していることが目に見える形で示されると、ゲストは満足感を得られ、リピート利用や口コミでの推薦につながります。
実際の研究では、持続可能な取り組みを行う宿泊施設では、顧客満足度やブランドロイヤルティが高まり、長期的に強固な関係を築くことができるとされています。[9]
2.運営管理の効率化
認証を取得するためには、宿泊施設でのエネルギー使用量、水の消費、廃棄物の処理方法、そしてCO2排出量をしっかり測定し、減らしていく必要があります。
この過程を通じて、宿泊施設の運営がより整理され、効率的に管理できるようになります。
具体的には、12の基準を満たすために、宿泊施設がどれだけエネルギーや資源を使用しているかを測定する方法を決め、それを分析して改善することが必要です。
このプロセスにより、宿泊施設の運営全体が明確になり、スタッフの業務からゲストへのサービスまで、無駄を減らしながらより効率的に運営できるようになります。
運営の透明性と効率性が向上するだけでなく、管理者がより戦略的な意思決定を行えるようになるでしょう。
3.ブランド価値・信頼性の向上
Hotel Sustainability Basicsの認証は、B2B、B2C、B2Gすべての関係における信頼構築に大きく貢献します。
持続可能性への取り組みは、宿泊施設のブランドイメージを向上させ、競合他社との差別化を図る重要な要素です。
認証を取得することで、宿泊施設は持続可能性分野のリーダーとしての地位を確立し、メディアでの好意的な露出機会も増加します。
企業向けの提案依頼書(RFP)では、第三者による環境認証の有無が評価項目に含まれることが増えており、ビジネス客やMICE市場での競争優位性を確保できます。
また、投資家や従業員からの信頼も高まり、企業の社会的責任を果たしている組織として認知されるようになります。
4.コスト削減
持続可能な運営が実践できると、エネルギー効率の改善や適切なサプライチェーン管理を通じて、下記のように大幅なコスト削減が実現できます。
導入・取り組み | メリット |
---|---|
・LED照明 ・エネルギー効率の高い設備 ・スマートな温度制御システム | 光熱費を大幅に削減 |
・廃棄物削減 ・食品廃棄物の適切な管理 ・リサイクルプログラムの実施 | 廃棄物処理費用の削減 |
水の使用量削減も光熱費削減に直結し、長期的な運営コストの圧縮につながります。
5.グローバル基準との整合性
Hotel Sustainability Basicsは、世界中で認められているいくつかの基準に合わせて作られているため、他の持続可能性認証に進むための準備ができます。
これによって、宿泊施設は段階を踏んで、より高い基準の認証を目指すことができる柔軟性を持っています。
たとえば、GSC(グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会)やNet Positive Hospitalityといった、より厳しい基準にスムーズに移行できるため、長期的な計画を立てやすくなるでしょう。
また、国際的な基準に従うことで、海外に進出する際の認証取得や法律への対応が簡単になり、グローバル市場での競争力が強化されます。
6.法規制への先行対応
Hotel Sustainability Basicsの基準を導入することで、今後の環境規制や報告の義務に対応する準備ができます。
世界中で環境に関する法律が厳しくなっているため、基本的な持続可能性の指標を整えておくことは、将来の法律に備えるために非常に重要です。
たとえば、欧州では企業が環境や社会、ガバナンスに関するデータ(ESGデータ)を集めて報告することが義務化されています。
このような規制は世界中で増えていくと考えられています。認証を通じてデータを集め、管理する仕組みを作ることで、これらの規制に対応でき、法律違反のリスクを減らせます。
また、環境に配慮した企業には政府からの支援や税制の優遇があり、そのための条件も満たしやすくなるでしょう。
世界の導入事例
Hotel Sustainability Basicsは、世界中の主要ホテルグループから強い支持を集めており、2022年4月の開始以来、数千のホテルが登録を行っています。
ここでは、先行してこの基準を導入している3つの代表的なホテルグループの事例を紹介し、具体的な取り組み内容と成果について詳しく見ていきます。
中国・錦江国際集団(Jin Jiang)

中国の錦江国際集団(Jin Jiang)は、1万軒以上のホテルを擁する中国最大級のホスピタリティ企業として、2023年9月にWTTCのHotel Sustainability Basicsイニシアチブに参加しました。
この参加は、中国の持続可能な観光への取り組みをさらに強化する重要な一歩となりました。[10]
錦江国際集団の会長であるサイモン・チャン氏は、持続可能性を高品質な発展に不可欠な基盤と位置付けています。
その方針のもと、同社はエネルギー消費量の削減や廃棄物の最小化といった具体的なサステナビリティ活動を実践しています。
特筆すべきは、国際的な検査・試験・認証サービス企業SGSと連携し、中国国内でのHotel Sustainability Basics実施を推進している点です。
他の中国の宿泊施設事業者にとってのモデルケースとなり、業界全体の持続可能性向上を牽引する役割を担っています。
フランス・Accor(アコーグループ)

Accorは、ヨーロッパ最大、世界第7位のホスピタリティ企業として、45以上のブランドで5,600軒以上のホテルを運営し、30年以上にわたって持続可能性分野のパイオニアとして活動してきました。[11][12][13]
「私たちが取るよりも多くを貢献するモデル」の構築を目指し、持続可能な変革を加速させています。同社の持続可能性戦略は以下の3本柱で構成されています。
- Stay(持続可能なホテル運営の強化)
- Eat(持続可能なフードチェーンの採用)
- Explore(地域エコシステムと新しい旅行方法の促進)
SBTi認証済みの科学的根拠に基づく目標(2030年までにスコープ1・2で46%、スコープ3で28%の排出量削減、2050年までのネットゼロ達成)を掲げています。
また、ゲスト体験に関わる使い捨てプラスチックを2022年末までに全廃することを目標に、環境負荷の低減に取り組んできました。
さらに、Green KeyやGreen Globeといった外部の持続可能性認証プログラムと提携し、ホテルの認証取得を推進しています。[14]
アメリカ・Choice Hotels(チョイスホテルズ)

Choice Hotelsは、アメリカを拠点とする大手ホテルチェーンとして、「Room to be Green」プログラムを通じて環境への取り組みを実践しています。
このプログラムは4つの異なるレベルで構成され、すべてのホテルが最低でもレベル1の要件を満たすことを求めています。[15]
同社の環境プログラムは、以下の5つの重要な柱に焦点を当てています。
- エネルギー保全
- 水の保全
- リサイクルと廃棄物削減
- 従業員エンゲージメントと運営の卓越性
- スマートで安全かつ持続可能な製品使用
これらの取り組みは、Hotel Sustainability Basicsの基準と高い整合性を持っていると言えるでしょう。
Choice Hotelsは企業全体で環境保護を推進しており、その姿勢は本社機能にも反映。メリーランド州ノースベセスダの世界本社がLEED Gold認証を、フェニックスのキャンパスがLEED認証をそれぞれ取得しています。
グリーンルーフ、Energy Star認定機器、リサイクルなどの取り組みは、持続可能なライフスタイルが同社の企業文化として根付いていることを示しています。[16]
まとめ
Hotel Sustainability Basicsは、宿泊施設業界における持続可能な取り組みの第一歩として、非常に有意義な枠組みです。 12の基準は、環境と社会の両面から実行可能で、段階的に進められる設計となっており、導入のハードルは決して高くありません。
認証取得によって、ブランド価値や顧客満足度の向上、運営効率化、コスト削減などのビジネス効果も期待できます。
世界中の有力ホテルが導入を進めている今こそ、自施設でもその導入を検討すべきタイミングといえるでしょう。 持続可能性は一過性のトレンドではなく、長期的な経営戦略の中核となるテーマです。
まずは基本の12項目から、小さな一歩を踏み出してみてください。 その一歩が、地球にも地域にも、そして宿泊施設自身にも良い循環をもたらすはずです。


参考文献
[1]Hotel Sustainability Basics
[2]Green Key is proud to announce the launch of the Hotel Sustainability Basics
[3]WTTC announces next stage of its Hotel Sustainability Basics initiative | GSTC
[4]WTTC Launches Groundbreaking Hotel Sustainability Basics
[6]Hotel Sustainability Basics _Toolkit_19012023-JP (1).pdf
[7]SGS VERIFIED (STANDARD PACKAGE)
[8]Sustainability in business and why it’s key in hospitality – Les Roches
[10]WTTC’s Hotel Sustainability Basics Takes off in China With Hotel Giant Jin Jiang
[11]Accor Drives Unprecedented Growth and Record Performance in New Signings
[14]Accor collaborates with key sustainable certification programs
[15]choicehotels.com|Room to be Green
[16]Choice Hotels Announces New Corporate Headquarters In North Bethesda, Maryland – Oct 25, 2021