MACq01(マックキュー01)|物語で紡(つむ)ぐ、次世代サステナブルツーリズムの実践モデル

オーストラリア・タスマニア州ホバートに、世界の観光事業者が注目するホテルがあります。その名はMACq01。オーストラリア唯一の「ストーリーテリングホテル」として、単なる宿泊施設の枠を超え、地域の文化継承と持続可能な観光を両立させる革新的なモデルを提示しています。
本記事では、MACq01の取り組みを解説し、未来の観光ビジネスのヒントを探ります。
MACq01とは?オーストラリア唯一の「ストーリーテリングホテル」
MACq01は、タスマニアの歴史と人々の物語をテーマにした、世界でも珍しい「ストーリーテリングホテル」です。2017年にFederal Hospitalityグループが開業し、オーストラリアで唯一このコンセプトを体現する宿泊施設として注目を集めています。
歴史的ウォーターフロントに立つ文化拠点

MACq01は、ホバートの歴史的ウォーターフロント地区・18ハンターストリート (Hunter Street)に位置しています。ホテル名は、建物が面するマクワリーワーフ(Macquarie Wharf)に由来し、この場所の深い歴史的意義を反映しています。
現在では、プレミアムダイニングやアート&デザイン、フェスティバルを中心とするタスマニア文化の拠点となり、114室の客室とスイートを備える大規模ホテルへと発展しました。タスマニアが水に囲まれた島であるという独自性を背景に、ホバートのウォーターフロントの魅力を存分に味わえるこの場所が選ばれました。
文化継承と持続可能な観光の両立

MACq01の設立背景には、政府と民間の研究があります。調査の結果、訪問者は「本物の人々との対話」や「タスマニア人の物語」を強く求めていることが明らかになりました。
また「タスマニアはデジタル時代におけるアナログな場所」と認識されており、この独自性を活かした体験が望まれていることもわかりました。
こうした背景から、MACq01は単なる宿泊施設ではなく「物語の管理者」としての使命を掲げています。
過去と現在をつなぎ、先住民の戦士や囚人として移住させられた人々、入植者、そして現代の市民に至るまで、多様な歴史を取り込み「人・時間・場所をめぐる旅」として文化を継承しています。
コンセプトの源泉|4万2,500年の歴史が宿る土地の物語

MACq01が立つ土地には、少なくとも4万2,500年にわたる歴史が息づいています。
この豊かな時間の積み重ねが、ホテルの核となる「ストーリーテリング」の発想を生み出しました。
先住民の暮らしからヨーロッパ系移民の到来、産業の発展を経て、現代の文化拠点へと姿を変えてきたこの地。その歩みこそが、MACq01での特別な体験を支えています。
観光事業者にとっても、地域の歴史を活かした差別化の好例として学ぶべきモデルといえるでしょう。
先住民文化から産業遺産、そして文化拠点への変遷
MACq01が建つ場所の歴史は、タスマニア先住民(First Tasmanians)の一族であるムウィニナ(muwinina)族にさかのぼります。彼らは現在のホバートを守り、ウェリントン山を見上げながら暮らしてきました。数万年の間に2度の氷河期を乗り越え、海面の大きな変化を経験しながらも、海を渡る人々として丈夫なカヌーを造る技術を受け継いできました。
1800年代には、この場所は小さな岩の島「ハンター島」として知られ、当時の盗賊や山賊が処刑され埋葬された歴史を持ちます。その後は「Old Wharf」(古い波止場)として発展し、移民や囚人が上陸する玄関口となるとともに、捕鯨・アザラシ猟・造船業で繁栄しました。
訪問者の「声」から生まれた物語という着想

MACq01の「ストーリーテリング」という独自の発想は、入念な市場調査から生まれました。
政府と民間の研究によって、タスマニアを訪れる人々がどんな体験を望んでいるのかが徹底的に分析されました。そこから浮かび上がったのは、「本物の人々と語り合いたい」「タスマニア人の物語を知りたい」という訪問者の強い欲求だったのです。
そして同時に、「タスマニアはデジタル世界におけるアナログな場所」と捉えられているという興味深い発見もありました。
この結果を踏まえ、ホテルはタスマニアの風景をつくり上げてきた人々の物語を中心にデザインされました。数百に及ぶ人物が調査され、時に田舎町の扉を叩きながら、その人生や伝承が集められたのです。影響力を持つ人物から悪名高い人物まで幅広く物語が集められ、社会的地位や時代、職業、地域ごとに整理されました。
最終的には、各物語が公式に承認され、地元アーティストの手によってイラストで息を吹き込まれています。
体験価値の設計|物語を五感で味わう独創的な仕掛け

MACq01では、綿密な研究から導き出したタスマニア人の性格特性を5つのタイプに分け、それぞれを客室のデザインに反映しています。
| タイプ | 特徴 | デザイン要素 |
|---|---|---|
| The Fighting Believers | 信念のために常に戦い続ける人々 | 洗練されつつも派手さを抑えた、エッジの効いた空間 |
| The Hearty and Resilient | 困難を乗り越えながらも気負わない人々 | 木材や錆びた鋼鉄など自然素材を用いた温かな空間 |
| The Colourful and Quirky | 自由奔放で相反する側面を持つ人々 | 対照的な素材と色彩のアクセントを活かした折衷的デザイン |
| The Grounded, Yet Exceptional | 謙虚で洗練された静かな達成者 | 天然レザーや真鍮のパティナなど、手仕事の細部が光るデザイン |
| The Curious and Creative | 規範を超えるイノベーター | 反射素材や有機的な自由形状を取り入れ、開放感と革新性を演出 |
一部屋ごとに異なる物語へ誘う、114の客室空間

MACq01の114室はすべて、タスマニアの歴史や文化を象徴する人物をテーマにデザインされています。客室の広さは43㎡から105㎡までと幅広く、スタンダードなハンターストリートルームから、贅沢なラグジュアリーウォーターフロントスイートまで多彩な選択肢があります。
なかでも最上級のスイートは104~105㎡の広さを持ち、ダーウェント川やフランクリンワーフ、さらにウェリントン山を望む専用バルコニーと暖炉を設置。窓の外に広がる景色とともに、物語に包まれた特別な時間を過ごせる空間です。
館内では、客室のアートワークや廊下に並ぶアンティーク、レストランの料理メニューの細部に至るまで、すべてに「タスマニアの物語」が息づいています。たとえば、天井に施された海藻の装飾は、かつて漁や航海が行われていた歴史を象徴しています。
外に出ると、かつて赤線地区として知られたハンターストリートの海運業や歓楽街として賑わった歴史を感じることができます。ここでは滞在の一瞬一瞬が、まさに「物語の中を歩く」体験なのです。
専門ガイドと巡る没入型「ストーリーテリングツアー」

MACq01では、宿泊客に無料で楽しめる5種類のストーリーテリングツアーを用意しています。これはホテルでの滞在を彩るだけでなく、タスマニア旅行そのものを象徴するハイライトとして人気を集めています。
案内役を務めるのは、歴史を情熱的に語り継ぐ、物語の語り手であるプロのストーリーテラー。先住民文化や囚人、捕鯨業者、反逆者など、タスマニアの荒々しい過去を実際の舞台で聞くことができます。伝えられるのは単なる史実ではなく、その場で生きてきた人々の物語です。
宿泊者は無料で参加でき、一般の方も35豪ドルで体験可能。ホテルを訪れる誰もが、このツアーを通じてタスマニアの歴史と文化に深く触れ、観光客から物語の登場人物の一人へと変わっていきます。
MACq01が実践する「統合型サステナビリティ」の全貌
MACq01のサステナビリティは、環境への配慮だけにとどまりません。地域社会への貢献や文化遺産の保護、そして経済の循環づくりまで含めた「統合型サステナビリティ」を実現しています。
たとえば、以下の取り組みが挙げられます。
- テスラ デスティネーション充電(Tesla Destination Charging)による持続可能な交通インフラ
- 誰もが使いやすいアクセシビリティ設計
- 先住民文化を尊重し継承する取り組み
ホテルの活動は互いに結びつき、地域全体の持続可能な未来を支えています。観光産業に携わる人にとって、学ぶべき点の多い実践モデルといえるでしょう。
環境的価値|テクノロジーと地域連携で実現する負荷削減

MACq01は、最新のテクノロジーと地域との協力を組み合わせて、環境に優しいホテル運営を目指しています。なかでも象徴的なのがテスラ デスティネーション充電(Tesla Destination Charging)の設置で、これから続く環境プロジェクトの先駆けとなっています。
この充電所の設置により、タスマニアを訪れる人々はより、持続可能な移動手段の選択が可能です。
ホテル館内では、省エネルギー設備の導入や廃棄物削減プログラムも徹底。使い捨てプラスチックを減らし、リサイクルを強化し、食品廃棄物を最小限に抑える取り組みが進められています。
こうした姿勢はゲストの環境意識を自然と高め、持続可能な旅のあり方を広める役割を果たしています。観光事業者にとっても、実践的なヒントに富んだモデルケースといえるでしょう。
社会的価値|「誰も取り残さない」インクルーシブな空間戦略

MACq01が最も誇りに思う取り組みの一つが、建設段階からの包括的なアクセシビリティ(誰もが利用しやすい)設計です。
エレベーターのチャイム音や床材の質感、点字ボタンなど、細やかな工夫が施されています。館内のすべての共用エリアは車椅子で移動でき、車椅子を利用する方が快適に過ごせるように配慮された6室のアクセシブルルームやスイートも用意。スタッフもアクセシビリティ対応やPEEP(個人緊急避難計画)を学び、避難椅子を常備してゲストの安全を守っています。
また、ホテルは約120名の地域雇用を生み出し、1804年にハンター島が産業拠点として多くの雇用を支えた歴史を現代へと受け継いでいます。
文化的・経済的価値|地域資産を未来へつなぐエコシステムの構築

MACq01は、タスマニア先住民の文化を守り、未来へとつなぐ場でもあります。ラウンジには、伝統的な道具を再現した品々が並び、いずれも現代の先住民の人々によって手づくりされたものです。それらは子孫としての誇りを示す存在であり、焚き火を囲んで語り合う物語の場の中心となっています。
一方で、食の体験にも地域性が息づいています。レストランやバーは地元の生産者と深いつながりを持ち、年間を通じて新鮮な食材を直接仕入れています。
未来の観光事業者へ|MACq01から学ぶべき3つの戦略的視点
MACq01の成功の秘訣は、地域の文化資産を単に提示するのではなく、現代の観光体験へと丁寧に昇華した点にあります。観光事業者が特に学ぶべき視点は、次の3つです。
- 文化的信頼性(Authenticity)
- 社会的包摂性(Inclusivity)
- 物語性(Narrative)
これらはオプション的な付加価値ではなく、観光事業を他と差別化する本質的な強みです。大切なのは地域の歴史を「商品」として消費するのではなく、その根底にある価値や意味を理解し、現代にふさわしい形で伝えること。そうした姿勢が、持続可能で意義ある観光事業を支えます。
この3つを組み合わせれば、観光事業者は社会的な価値と経済的な成果を同時に実現できるでしょう。
視点1 文化資本を競争力に変える「信頼性(Authenticity)」の追求
MACq01の魅力は、地域文化を表面的に観光商品化することなく、その本質を大切にし、現代に伝えている点にあります。ホテルは「物語の管理者」として、4万2,500年にわたるタスマニアの歴史を息づかせ、ゲストに深い感動を与えています。
物語は、タスマニアの先住民の文化から始まり、囚人や移民、産業を築いた人々にまで広がり、ホテルは単なる観光施設ではなく、文化継承の使命を帯びて運営されています。
ラウンジには、現代のアボリジナル(先住民)の人々が手がけた伝統的な道具が展示されており、これらは先祖への敬意と文化の継承を象徴しています。この「信頼性」が、ゲストに忘れられない体験として心に刻まれ、高い顧客満足度と口コミでの支持につながっています。
視点2 社会的責任を事業機会に変える「包括性(Inclusivity)」の発想
MACq01が大切にしているのは、「アクセシビリティはコストではなく価値である」という考え方です。2017年の建設当初から「平等なアクセス」を軸に、視覚、聴覚そして身体障がいのある人々も安心して滞在できる空間をつくりあげました。
エレベーターのチャイム音や床の触覚インジケーター、点字ボタンなど、細かな部分まで工夫が施されています。また、6室のアクセシブルルームとスイートが用意され、スタッフもPEEP(障がい者のための個人緊急避難計画)を学んでいます。
こうした取り組みは、より多様な人々に扉を開くだけでなく、ホテルの社会的な価値を高めるものです。「タスマニアの物語を誰もが分かち合えるように」という理念のもと、障壁をなくす取り組みが新しい市場を開き、他にはない強みを生み出しています。
視点3 体験価値を最大化する「物語性(Narrative)」の設計
MACq01の「ストーリーテリング」は、単なるマーケティングを超えた特別な体験づくりです。研究によって明らかになったのは、訪れる人々が「本物の人との出会い」や「タスマニア人の物語」に惹かれているということ。
そこでホテルは、タスマニア人の性格を5つのタイプに分類し、それぞれを表現した客室を用意しました。宿泊客は部屋に入った瞬間から物語の主人公となります。
さらに、マスターストーリーテラーによる5種類のツアーでは、先住民の文化や囚人の歴史、捕鯨や反逆者の物語が、実際の舞台で語られます。それは史実の解説ではなく、まるでその時代を生きるような没入体験です。
こうした「物語性」が、滞在そのものをタスマニア旅行のハイライトに変え、心に残る体験を提供しています。
まとめ
MACq01は、物語を軸とした革新的なホテル体験によって、サステナブルツーリズムの新たな可能性を示しています。文化継承・環境配慮・社会的包摂を統合した取り組みは、観光事業者にとって大きな学びとなるはずです。
地域の歴史と文化を現代に活かし、誰もが参加できる持続可能な観光を実現することは、今後の観光産業の発展に欠かせない指針となるでしょう。
参考文献
