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観光の本質を問い直す島ーフェロー諸島が示す未来型オーバーツーリズム対策

2025 11/04
リジェネラティブツーリズム
オーバーツーリズム サステナブルツーリズム 各国の事例 持続可能な観光
2025-12-3
画像出典:Visit Faroe Islands

北大西洋の中央、アイスランドとノルウェーの間に位置するフェロー諸島は、デンマークの自治領として約5万2千人が暮らす18の島々からなる群島です。緑の草原に覆われた断崖絶壁や、霧に包まれるフィヨルドの雄大な景観で知られ、かつては「秘境」として静かな観光地でした。

ところが近年、SNSによる情報拡散をきっかけに観光客が急増し、環境への負荷や住民生活への影響が顕在化しています。

こうした課題に対し、フェロー諸島は早い段階から持続可能な観光モデルを導入し、自然保護と観光振興の両立を目指す独自の戦略を実践してきました。

本記事では、フェロー諸島がどのようにオーバーツーリズムに立ち向かい、その取り組みがどのような成果を生んでいるのかを解説し、他地域が学ぶべき実践的なヒントを探っていきます。

目次

フェロー諸島における観光急増の背景

画像出典:Visit Faroe Islands

フェロー諸島の観光は近年急成長を遂げています。2023年には13万人に達し、観光収入もGDP比で1%未満から約6%に増加しました。[1][2]

この急激な成長の背景には、フェロー諸島の観光資源を広く認知させるための戦略的な施策がありました。

その主な要因は、以下の通りです。

  • フェロー諸島の公式観光局「Visit Faroe Islands」による国際的なプロモーション活動
  • 航空会社「Atlantic Airways」の路線拡充
  • SNSを活用した情報拡散

このような活動により、フェロー諸島の自然美や文化が世界中に広まり、多くの旅行者が訪れるようになりました。これらの取り組みは、島の魅力を広く伝える重要な役割を果たし、観光客の増加に繋がっています。

SNS拡散による観光ブームの到来

2016年に行われた「Sheep View 360」キャンペーンは、フェロー諸島観光の転換点となりました。[3]

このキャンペーンでは、約8万頭の羊に360度カメラを取り付け、島内の風景をGoogle Street Viewに提供しました。この斬新な試みは大きなメディアの注目を集め、SNS上で20億回以上の表示を記録しています。

InstagramやYouTubeでは、草屋根の家や断崖絶壁のフィヨルドなど、フェロー諸島の魅力的な風景がシェアされ、観光スポットの認知度が急上昇しました。このようなSNSでの拡散が、旅行者の訪問ルートを形成し、観光地へのアクセス増加を促進しています。SNS発信が観光客誘致に大きな役割を果たす一例です。

自然環境と生活環境への影響

観光客の増加は、フェロー諸島の自然環境や住民生活に新たな負荷をかけています。人気のトレイルには年間数万人が訪れ、湿地帯や泥炭地が踏み荒らされることで土壌流出が進んでいます。特に雨が多い季節には、トレイルの崩壊や滑落事故が発生することもあり、安全対策が急務です。[4]

また、観光バスやレンタカーによる混雑で、村内の道路や住宅周辺でプライバシー侵害の声も上がっています。さらに、公共トイレや駐車場の老朽化や不足が深刻化し、地域住民の生活環境と観光産業のバランスを取ることが大きな課題に。これらの問題は、環境保護と観光の持続可能性に深刻な影響を与える可能性があります。

地域社会が抱えるジレンマ

観光客の増加は、地域社会にもさまざまな影響を与えています。

たとえば、Atlantic Airwaysの救助ヘリコプターは、過去3年間で外国人観光客の救助に46時間を費やし、住民救命用のリソースが圧迫されています。

一方で、観光収入が増加することで、地元のレストランや宿泊施設が開業し、雇用が創出されています。[5]

しかし、人気ルートの通行料をめぐるトラブルや、私有地への無断侵入が問題となり、住民と観光客の対立も顕在化しています。農家によるゲート設置や入場料徴収の動きは、収益を求める地域と自由に旅行したい旅行者との間で議論を引き起こしました。こうした問題を解決し、経済的利益と地域の生活環境の両立を目指すことが、今後の大きな課題となっています。

フェロー諸島におけるオーバーツーリズム対策

フェロー諸島では、急増する観光客による環境や社会への影響を軽減するため、政府とVisit Faroe Islandsが協力して複数の施策を段階的に導入しています。

この取り組みの中心となるのは、以下の3つの要素です。

  • 地域資源の保護とその価値向上
  • 旅行体験の質の向上
  • 法制度を活用した資金確保

政府と民間がが一体となり、持続可能な観光と自然の調和を目指した取り組みが進められています。

ボランティア保全プログラム「メンテナンスのための閉鎖 Closed for Maintenance」

画像出典:Visit Faroe Islands

ボランティア保全プログラム「メンテナンスのための閉鎖(Closed for Maintenance)」は、フェロー諸島が観光による環境負荷を減らし、地域住民とともに自然を守る目的で2019年に開始した独自の企画です。参加者は、観光地の閉鎖期間中に現地住民と協力して遊歩道や階段の整備、標識の設置、草地の保全などを行います。

2019年から毎年春に実施されているこのプログラムには、54カ国から687名の海外ボランティアと、243名の地元住民が参加しています。これまでに11の島で62のプロジェクトが完了しました。[6]

2025年には80名のボランティアが集まり、コルトゥル島での石垣や歩道の修復作業、ノールソイ島でのハイキングルート整備、ボウル村での砂浜とビズルビルギの森へのアクセス改善が行われました。参加者には、宿泊費、食事、島内移動が無料で提供され、記念品としてツバがないシンプルな作りのニット帽であるウールビーニー帽が贈られます。[7]

旅行者体験を再設計する「ミステリーロードトリップ Auto Odyssey」

画像出典:Visit Faroe Islands

2025年に開始された「Auto Odyssey」では、地元レンタカー会社62Nと協力し、旅行者に自己ガイド型ドライブルートを提供しています。[8]

このプログラムの特徴は、訪問先が到着するまで一切明かされない点です。旅行者はレンタカーを借りる際に「車の指示に従う」ことを契約し、QRコードをスキャンするとスマートフォンにナビゲーションが表示される仕組みです。

各ルートには4~6カ所の立ち寄り地が設定されており、所要時間は3~6時間。訪問地は地元住民の視点から厳選され、訪れる場所ごとの物語がナビゲーションシステムを通じて共有されます。訪問者は、ほぼ独占的にその場所を楽しむことができ、静寂の中で自然を体験できます。

このプログラムは、観光の分散化と見過ごされがちな場所の魅力発信に貢献しているといえるでしょう。

持続可能な観光法と観光料金制度の整備

画像出典:Visit Faroe Islands

2024年5月、フェロー諸島議会は「持続可能な観光推進法」を可決しました。この法律により、有料宿泊施設に滞在する16歳以上の観光客全員に対して、1泊あたり20クローネ(約470円※以下、2025年10月時点の為替レート 1クローネ=約23.5円で換算)の自然保護料金が義務付けられました。[9]

年間の上限額は200クローネ(約4700円)と定められており、これを超える額は徴収されません。集められた資金は、主にハイキング道の補修や湿地、海岸の環境モニタリング、そして観光客を受け入れる地域住民の支援に使用されます。

法制度が設けられた背景には、地元自治体や宿泊業者、環境保護団体との長期にわたる協議があり、住民の生活環境を守りつつ観光を持続可能にする枠組みが整いました。

他地域でも応用できるオーバーツーリズム対策のポイント

フェロー諸島の取り組みから学べるのは、単発の施策ではなく、段階的に実施される複数の対策を組み合わせた包括的なアプローチです。このようなアプローチを他地域にも応用することで、持続可能な観光を実現できます。

他地域でも実施可能な5つの重要なポイントは以下の通りです。

  • 地域の実情に合わせて段階的に対策を導入
  • デジタル技術を活用した観光分散
  • 訪問者への適切なインセンティブ設計
  • 地域住民との継続的な対話を重視

段階的導入による現実的な運用モデル

フェロー諸島では、約9年をかけて段階的に施策を導入してきました。 

【主な導入例】

  • 2016年「Sheep View 360」キャンペーン
  • 2019年「Closed for Maintenance」プログラム
  • 2024年「持続可能な観光法」制定
  • 2025年「Auto Odyssey」導入

これらは、地域社会が変化に適応する時間を確保しながら、各施策の効果を確認しつつ次のステップへ進める仕組みです。

最初から完璧なシステムを構築するのではなく、小規模な試験運用から始めることが現実的です。

たとえば、「Closed for Maintenance」は初年度に100名規模でスタートし、その後、運営ノウハウを蓄積しながら規模を調整しました。

この段階的な手法は、予算や人材が限られた地域でも実施可能な現実的なモデルです。

デジタルツールを活用した観光分散

「Auto Odyssey」のような自己ガイド型システムは、観光客の行動パターンを変える革新的な手法です。スマートフォンアプリを利用し、訪問先をリアルタイムで割り当てることで、同じ時間帯に複数のグループが同じ場所に集中する事態を回避できます。

このデジタル技術を使ったアプローチは、インフラ整備に比べて初期投資が少なく、柔軟に運用を変更できる点が魅力です。

また、デジタル技術を活用することで、訪問者の行動データを収集・分析できます。どの場所がどの時間帯に混雑しているか、どのルートが人気なのかなどの情報をもとに、より効果的な観光分散を設計することが可能です。オンライン予約システムや入場制限アプリの導入も、観光地のキャパシティ管理には有効です。

観光客の行動を変えるインセンティブ設計

画像出典:Visit Faroe Islands

「Closed for Maintenance」プログラムでは、参加者に宿泊、食事、移動を無料で提供し、記念品としてウールビーニー帽を贈ることで、保全活動への参加を魅力的な体験に変えています。このように、単なる規制や制限ではなく、望ましい行動に対して具体的な報酬を用意することで、訪問者の自発的な協力を引き出しています。

インセンティブは金銭的なものに限らず、特別な体験や地元コミュニティとの交流の機会を提供することも有効です。

大切なのは、環境保護や地域貢献といった価値観を、旅行者が求める体験に結びつけること。

その結果、観光客は単なる消費者ではなく、地域の持続可能性に貢献するパートナーとしての役割を果たせるようになります。

地域住民と進める合意形成プロセス

画像出典:Visit Faroe Islands

2024年に制定された持続可能な観光法は、農家や観光事業者、環境保護団体との長期にわたる協議を経て成立しました。このように、地域住民の懸念を反映させた法制度は、実効性と正当性の両面で強固な基盤を持っています。持続可能な観光の運営には、利害関係者全員が参加する対話の場が不可欠です。

合意形成プロセスでは、観光の経済的利益と地域住民の生活の質のバランスについて率直に議論する必要があります。

定期的なフォーラムや住民アンケートを通じて、観光が地域に与える影響を可視化し、課題を共有することで、住民の理解と協力を得やすくなります。

透明性を保ちながら、住民の声を施策に反映させる仕組みが重要です。

まとめ

フェロー諸島の急増する観光客への対応は、企業にとっても重要な課題です。観光産業の成長とともに、環境や地域社会への影響が顕在化しており、持続可能な観光を実現するためには、戦略的な施策が欠かせません。フェロー諸島では、観光の質を重視し、観光分散や地域住民との合意形成、持続可能な観光法の導入など、段階的な取り組みが進められています。

このようなアプローチは、観光産業の持続可能な発展を目指す企業にとっても参考になるものです。地域資源の保護とその価値向上を図りつつ、観光客の体験の質を向上させるための運用モデルを導入することで、企業は長期的な利益を確保できるでしょう。企業は、環境保護と地域貢献をビジネスの柱に据えた新たな観光戦略を構築することが求められます。

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参考文献

[1]Royal Danish Embassy, Japan|Tourism

[2]BBC|The islands that want tourists as well as fish

[3]Visit Faroe Islands|Sheepview360

[4]Visit Faroe Islands|Wetlands in the Faroe Islands

[5]Annual Report 2019 | Atlantic Airways

[6]Visit Faroe Islands|Closed for Maintenance

[7]Visit Faroe Islands|Facts & figures

[8]Visit Faroe Islands|Self-Navigating Cars

[9]Faroese Parliament Enacts Law to Promote Sustainable Tourism – The Government




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