観光の力で未来をつむぐ、世界基準のサステナビリティと向き合う小豆島の挑戦

2023年、瀬戸内海に浮かぶ小豆島が、サステナブルツーリズムの評価・認証する国際機関「グリーン・デスティネーションズ(以下、GD)」において、国内初となる「2町・1協会合同」でのシルバーアワード受賞を果たした。
環境保全や文化継承の取り組みが世界基準で評価されるこの舞台で、日本の離島がその価値を認められた意義は大きい。
GDのアワード受賞の背景にあるのは、単なる環境活動の成功譚ではない。かつて存在した行政の垣根を越え、サステナブルツーリズムの世界基準を「共通言語」とすることで実現した、組織のアップデートの物語である。
「人口減少」という切実な課題を抱える小豆島。その現実を見据え、GDのアワード受賞を単なる「環境ラベル」に留めず、地域産業の価値を高め、島全体を一つの経営体として機能させるための礎(いしずえ)としたのだ。
利害の異なる二つの町がいかにして「ワンチーム」となり、目に見える成果へと繋がっていったのか。その鍵となる小豆島のサステナブルツーリズムについて、リクルートや海外でのキャリアを経て広い視野で変革を主導する小豆島観光協会・事務局長の塩出慎吾さんと、その戦略を現場で支える小豆島町地域おこし協力隊の松田美夜日さんに話を伺った。

塩出 慎吾 さん 一般社団法人小豆島観光協会 事務局長
1990年株式会社リクルート入社。旅行情報誌『じゃらん』にて営業・企画・ITを担当し、2000年には『じゃらんnet』の立ち上げに参画、2003年より同編集長を務める。2008年退社後、ニュージーランドへ移住し永住権を取得。その後シンガポールでのインバウンド事業を経て、2018年に小豆島へ移住。2020年4月より現職。
松田 美夜日さん 小豆島町地域おこし協力隊
大学では中東地域の平和問題などを研究。2023年4月より小豆島町地域おこし協力隊として着任。サステナブルツーリズムの推進役として、将来的な認証取得を目指した実務や地域資源の掘り起こしなど、現場の最前線で活動している。
小豆島で見出した「観光の真の姿」
塩出さんが小豆島で推し進める「リジェネラティブ(再生型)ツーリズム」。その構想のルーツは、かつて過ごしたニュージーランドにある。小豆島への移住を決めた理由の一つも、海と800m級の山々が織りなす島の景観に、サステナブルツーリズムの先進地であるニュージーランドの風景を重ね合わせたことにあった。

塩出さんにとってニュージーランドとは、単なる景勝地ではない。観光が自然を搾取するのではなく、破壊された環境を再生させるための駆動力として機能している、目指すべきモデルケースだ。
塩出さん:ニュージーランドでは、かつて入植者が伐採した森を再生させつつ、そこを巡るツアーを造成しています。あるいは、先住民マオリが大切にしてきたクジラを見るツアーを、マオリ自身が中心になって提供しています。
自分たちの自然、文化、歴史をフルに活用して経済を回し、その収益でまた資源を守る。それこそが、私たちが目指すべき姿そのものだと思っています。
美しい自然をただ見せるだけではない。破壊された森といったマイナスの要素を、「再生の物語」としてのプラスに変え、高付加価値な体験として提供する。その収益が、さらなる再生(リジェネレーション)への投資となる循環がそこにはあった。
緯度や地形といった「地理的な条件」だけでなく、人の温かさという「精神風土」までもが似通っている。塩出さんは、ニュージーランドと多くの共通項を持つ小豆島に、持続可能な観光地へと進化しうる「大きな可能性」を見出したのだ。
当初は移住に関するコミュニティづくりや古本屋の開業を計画していたが、観光協会からの誘いを受け、島の観光行政の中枢へと身を投じることになる。
「二つの町」をひとつにするための共通言語
塩出さんが観光協会の事務局長に就任した当時、小豆島は一つの島でありながら、「小豆島町」と「土庄町(とのしょうちょう)」という二つの行政区分に分かれていた。旅行者にとっては意味を持たないこの境界線が、かつての観光行政においては、連携を阻む目に見えない壁となっていた。
象徴的だったのが、島全体の観光ロードマップだ。両町と観光協会がそれぞれ別々に作成し、ほぼ同じ内容の資料が重複して存在していたという。リソースの分散と非効率。人口減少が進む地域において、それは一刻も早く解消すべき経営課題だった。
変化のきっかけは、四国全体の大きな潮流にあった。四国ツーリズム創造機構が旗振り役となり、「持続可能な観光」を推進するための勉強会や研修を展開していた。そこにいち早く呼応したのが小豆島町だった。観光庁が持続可能な観光地域づくりのモデル事業を募集した際、小豆島町が手を挙げて採択されたのだ。
まず、2021年、小豆島町が先行して世界持続可能な観光地TOP100選に選ばれた。さらに、2021から2022年にかけて、両町でほぼ同時期にトップ交代が行われたことを転機に「島は一つ、観光が一丁目一番地」という新たな方針が掲げられた。

とはいえ、理念だけでは、現場の縦割り構造は解消しない。「頑張っています」という主観的な精神論で終わらせず、現場を具体的に動かすためには、誰の目にも明らかな「客観的な指標」が必要だった。その役割を果たしたのが、GDのアワード取得への挑戦である。
小豆島町が取得した国際的な評価が、隣り合う土庄町を動かした。土庄町もまた「JSTS-D(日本版持続可能な観光ガイドライン)」への申請に踏み切り、両町の足並みは急速に揃い始めた。
GDのアワードの審査項目は、文化財の保護から水資源の管理、住民への情報公開まで80項目以上にわたる。申請のためには、これら全ての項目について、両町の現状を洗い出し、統一したデータとして提出しなければならない。
小豆島町には計画があるが、土庄町にはない。あるいはその逆も然り。こうした行政間の不揃いな現状が、作業を通じて次々と顕在化した。
国際基準という「外部のモノサシ」を前にすることで、両町の担当者は必然的に同じテーブルに着き、互いの欠けているピースを埋め合わせる作業に向き合うことになった。審査プロセス自体が、分断していた組織をつなぐ「共通言語」として機能したのである。

塩出さん:GDのアワード審査の項目一つひとつを両町で調べて、ひとまとめにして調整していくのは大変です。必ず三者(両町と観光協会)でミーティングをしなければならないので、1自治体で申請するのに比べれば手間は倍以上かかります。
しかし、そうやって突き合わせることで、「島は一つ」という言葉がお題目ではなく、実態を伴った連携へと変わっていきました。
こうして、政治的な合意と現場の連携が噛み合い、組織のあり方そのものが変わっていく。2023年には、島内にあった観光関連4団体が「小豆島観光協会」へと統合された。
これにより、事務局の予算規模は4〜6倍、職員数は13名体制へと拡大。世界と渡り合えるだけの「経営体力」を持つ組織へと進化を遂げた上で、新生・観光協会が主体となり、ついに「シルバーアワード」を受賞したのである。

ビジネス界からの評価と、ターゲットの変化
そもそも、この「サステナブル」という概念は、小豆島の風土にとって決して新しいものではなかった。離島という環境ゆえに、島にはもともと「あるものを大切に使う」という精神が、生存戦略として根付いていたからだ。
塩出さん:離島では、ごみを島外へ出すだけで割高なコストがかかります。だからこそ、オリーブの搾りかすを捨てずに乾燥させ、飼料として活用することで「オリーブ牛」を生み出すような循環が、昔から自然な営みとして行われてきました。
資源が限られているからこそ、知恵を絞って使い切る。私たちが掲げるサステナビリティは新しい流行ではなく、島に根付く「もったいない精神」や生存戦略と極めて親和性が高かったのです。


島にとっては当たり前だったこの精神が、GDのシルバーアワードという「世界基準のラベル」を得たことで、外部からの評価を一変させることになる。ビジネス番組で取り上げられるなど、いち観光協会が「経済的な文脈」で語られる存在となり、特に広域DMOである「せとうちDMO」との連携が加速したのだ。
インバウンド誘致に強みを持つ彼らが、アジアの旅行代理店を招いたモニターツアーを積極的に組成するなど、小豆島を世界に売り込むための強力なパートナーシップが動き出したのである。
今では、富裕層や高付加価値層に向けた「30〜40万円のパッケージツアーを作ってほしい」という具体的な要望も届くようになった。持続可能な観光への注力が、感度の高い層へのブランディングとして機能し始めている証拠だ。
ターゲットが広がり、高単価な層からの視線も集まる今、小豆島は「数」ではなく「質」を追求する次なるフェーズへと進もうとしている。
「数」から「稼ぐ力」へ。 戦略としてのサステナビリティ
サステナブルツーリズムへの転換は、単なるイメージ戦略ではない。それは、人口減少と人手不足という厳しい現実に対する、小豆島の生存戦略でもある。かつて、多くの観光地が「観光客数」を指標としてきた。
しかし、塩出さんはこのKPIを「観光消費額」へとシフトさせようとしている。その背景には、離島ゆえのキャパシティの限界がある。
塩出さん:数を追うと、どうしても現場に無理が生じてしまいます。人手不足は本当に深刻で、宿泊施設においてもスタッフが足りないため、稼働率を抑えざるを得ません。働き手が潤沢にいて、観光客がたくさん来ても大丈夫という状況は、小豆島では作れません。
だからこそ、少ない人数でもたくさんお金を使っていただく「高付加価値」な形に方向転換しないと、観光産業そのものを維持できないと考えています。
戦略としての「高付加価値化」は、現場レベルではどのように実践されているのか。その象徴とも言える事例が、300年の歴史を持ち、地域の「無形民俗文化財」として保護・継承されている伝統行事「中山虫送り」の再生だ。

火を灯した松明(たいまつ)を持って棚田を練り歩く、幻想的な風景で知られるこの行事だが、その舞台となる中山地区の人口は200人を切り、行事の存続は限界を迎えていた。
かつては行政が支援を行っていたが、それも恒久的な解決策にはなり得ない。地元自治会からは「コストも手間もかかる。このままでは維持が難しい」という声が上がっていた。
そこで塩出さんが提案したのが、「松明を持つ権利」を観光客に販売することだった。価格は1本3,500円。 伝統行事を「対価を伴う体験」にすることへ、地元から戸惑いの声がなかったわけではない。
当初、1本3,500円という強気の価格設定に、地元からは「高すぎて売れないのではないか」と懸念の声も上がった。しかし、塩出さんの勝算は揺るがなかった。地元が「当たり前」だと感じている体験こそが、外の人にとっては「お金を払ってでも参加したい特別な価値」になると確信していたからだ。
蓋を開けてみれば、用意した150本の松明は完売。その収益は警備員の雇用費へと充てられ、高齢化する地域住民の負担を劇的に軽減させた。島の住民たちが守ってきた伝統が、外部から正当に評価され、対価を生んだのだ。
それは、行政の補助金に頼りきりだった従来の運営から、自らの稼ぎで行事を継続させる「自立したモデル」へと生まれ変わった瞬間でもあった。

美しい景観として知られる「中山千枚田」の保全においても、大きな転換があった。かつて小豆島町は「棚田オーナー制度」を導入していたが、オーナーが訪れるのは田植えや稲刈りといったイベント時が中心。日々の草刈りや水管理といった最も過酷な維持管理は、結局のところ地元住民の負担として残されていた。
そこで、コロナ禍を機に仕組みを刷新。「棚田アカデミー」として、企業の研修や香川大学の学生、地域おこし協力隊などが、年間を通じて継続的に保全作業(メンテナンス)に関わる形へと移行したのだ。


ここに「観光」はどう関わるのか。 ただ景色を眺めて終わるのではなく、あえて高単価なガイドツアーを実施し、その代金の一部を保全活動に充てる仕組みを作った。ガイドが語るのは、表面的な美しさだけではない。維持管理の厳しさや、アカデミーの人々がいかに泥臭い努力をしているかという「実情」だ。
塩出さん:「綺麗ですね」で終わらせず、この景色を守るためにどれだけの人が努力しているかを話します。そうすると、聞いた方は「大変だな」と感じて、「少しでも役に立ちたい」「また来よう」と思っていただけます。
写真を撮って終わりではなく、小豆島の実情を知ってもらうことが、結果として深いファンやリピーターを生み、持続可能な観光につながっていくのです。

「現場の負担」をどう乗り越えるか
高付加価値化と並んで重要となるのが、「食のバリアフリー」など多様な文化背景への対応だ。しかし、人手不足に悩む島の飲食店に対し、手間のかかるヴィーガン対応などを「やるべきだ」と正論で迫っても、「これ以上の負担は無理だ」と敬遠されてしまうのが現実だ。
そこで打ち出したのが、現場のオペレーションを一切変えずに導入できる「ベジタブルカレー」という解決策だった。方法はシンプルだ。ベースとなるルーを動物性不使用の1種類のみに統一し、肉などはトッピングで追加する方式に変える。これなら調理の手間は増えない。
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結果、欧米のベジタリアンを始め、実はベジタリアンが多い台湾などの東アジア層のニーズも取り込み、寒霞渓ロープウェイの軽食コーナーでは売上が伸長した。省力化や売上アップという「実利」とセットでなければ、サステナブルな取り組みは地域に定着しない。この課題は、飲食店に限った話ではない。
両町合同の研修などを通じ、「人口減少を乗り越えるために文化や環境を守る」という危機意識は、理屈としては浸透しつつある。しかし、いざ事業に落とし込む段階になると、どうしても足が止まってしまう。「それをやって、客はどれくらい増えるの?」 事業者から投げかけられるのは、シビアな費用対効果への問いだ。
現状では、アメニティを切り替えるホテルや、廃材を活用するオリーブ事業者など、先進的な動きはまだ「点」に留まっている。コストをかけてでも変革に挑む事業者は一部に過ぎない。この先進的な「点」の取り組みを、いかにして島全体の「面」へと広げ、より多くの事業者を巻き込んでいけるか。それこそが、小豆島が直面している次なるフェーズの課題である。
観光は「移住」への入り口
サステナブルツーリズムの究極の目的は、島の持続可能性そのものにある。塩出さんによると、現在の小豆島の人口は約2万4千人に対し、毎年数百人規模で減少しており、40年後には消滅しかねない危機的状況にあるという。
産業を維持し、暮らしを守るためには、外から人を呼び込む経済循環が不可欠だ。しかし、いきなり「移住」を促してもハードルが高い。そこで重視されるのが「リピーター」の獲得だ。
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提供:小豆島観光協会
塩出さん:移住者にアンケートを取ると、約95%が最初は観光で島を訪れています。観光で来て、気に入って、何度も通ううちに、最終的に移住を決めるというパターンがほとんどです。
しかし、小豆島のリピート率は約4割と、香川県平均(約5割)よりも低いのが現状です。SNS映えスポットで写真を撮って終わりではなく、ガイドツアーなどを通じて島の深い魅力に触れてもらい、「また来たい」と思わせる。そのファン作りこそが、将来の移住者を増やすための最も確実な種まきなのです。
また、「観光客の数」を追わない代わりに、重視し始めたもう一つの指標がある。住民満足度だ。観光客の増加が、渋滞や騒音などで住民の暮らしを圧迫しては、本末転倒になる。
そこで、AIカメラによる人流計測や流動調査を導入し、観光客の動きを可視化。データに基づいた分散化や対策を行うことで、観光が地域にとって「豊かさ」につながるよう舵取りを行っている。
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提供:小豆島観光協会
アワード受賞はゴールではなく、手段である
GDのアワード受賞や伝統行事の再生など、着実に成果を上げているように見える小豆島だが、塩出さんは「まだまだ課題は多い」と、冷静に足元の現実を見つめている。
直面している大きな壁の一つが、宿泊施設の「価格の空白地帯」だ。高級旅館か安価な素泊まり宿かに二極化し、中間層が求める1泊1万円台の宿が不足しているため、日帰り客が増えてしまうという構造的な課題がある。
さらに、GDのシルバーアワードから上の「ゴールド」や「プラチナ」、最終的な目標であるGSTCの国際指標に基づいて認証されるGSTC認証* を目指すには、観光の枠を超えたハードルが立ちはだかる。
例えば「レンタカーの50%をEV(電気自動車)にする」といった厳しい環境指標だ。これらをクリアするには、エネルギー政策やインフラ整備を含め、町全体を挙げた全庁横断的な変革が問われることになる。
GSTC認証への挑戦は、こうした地域の「基礎体力」の不足を容赦なくあぶり出す。だが、塩出さんはそれをネガティブには捉えていない。認証プロセスを、地域の課題を可視化する「健康診断」として利用し、次なる行政連携や投資を呼び込むための材料にしたいと考えている。
*GSTC認証:世界持続可能観光協議会(GSTC)が管理する、持続可能な観光の国際基準。GD認証の上位概念にあたり、より厳格な基準が設けられている。
縮小社会を生き抜く「経営ツール」として

移住者という「外部の視点」を持つ塩出さんが、なぜ、これほどまでに小豆島の再生に注力し、大胆な提案ができるのか。その理由は、地元の人が当たり前すぎて見落としている「宝」の価値を、誰よりも信じているからである。
塩出さん:よく「小豆島には豊かな自然や文化があるから、GDのアワード受賞ができたんだ」と言われます。でも、私はどこの地域にも可能性は溢れていると信じています。
地元の人にとって当たり前すぎるものでも、私のような“よそ者”から見れば「すごい宝物」がたくさんある。重要なのは、それを発見し、磨き上げて商品化することです。
人手不足も人口減少も止められませんが、付加価値を高め、少ない人数でも「経済が回る形」に方向転換することは可能です。観光産業そのものを維持するために、やるしかないんです。
小豆島の事例が示している事実。それは、GDのような国際基準は、単なる「環境ラベル」ではないということだ。国際基準を目指すプロセスは、縦割り行政の壁を突き崩し、曖昧だった地域の価値を「数値」に変え、自ら稼げる地域へと脱皮するための、強力な「経営ツール」になり得る。
縮小局面にある地方の観光地経営は、どうあるべきか。小豆島の挑戦は、その問いに対する一つの確かな解を、力強く示している。
取材協力:小豆島観光協会
