旅が立ち止まったあの時間から。ホテル アンテルーム 那覇が育ててきた、アートとサステナビリティの文化
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那覇の市街地や観光の中心から少しだけ離れた場所に佇む、ホテル アンテルーム 那覇。このホテルには、いわゆる“アクセスの良い都市部のホテル”とは少し異なる、静かで印象的な空気がある。
館内に一歩足を踏み入れると、まず感じるのは、ただ泊まるための場所ではないということ。そこにはホテルというより、ギャラリーや美術館を訪れたときのような感覚が流れている。
アートが空間に自然に溶け込み、滞在そのものがひとつの体験になっていく。何かを見に行くというより、その場に身を置くことで、少しずつ感性がひらいていくような場所だ。
そんな独自の世界観を育んできたホテル アンテルーム 那覇が、近年、もうひとつ大切に積み重ねてきたのが、サステナビリティの取り組みである。
そこにあるのは、流行に乗った表面的な取り組みでも、イメージづくりのための言葉でもない。コロナ禍の静かな時間の中で、この先どんな旅人に選ばれる場所でありたいのかを問い続け、現場で少しずつ形にしてきた実践の積み重ねだ。
今回は、ホテル アンテルーム 那覇でその取り組みを中心となって進めてきた栢野さんに、お話を伺った。

はじまりは、人の移動が止まり、旅の意味そのものが問い直されたあの時間だった。
サステナビリティへの取り組みが本格的に動き出したのは、世界的に人の移動が止まり、観光の風景が一変したあのコロナ禍の時期だった。
宿泊客が一日に数組という日々。静まり返ったホテルの中で、先の見えない時間が流れていた。それでも現場には、不思議と揺らがない感覚があったという。
「観光は、必ず戻ってくる。そのとき、どんな旅人に選ばれる場所でありたいのか」
その問いが、静かな時間の中で輪郭を帯びていった。
もし次に沖縄を訪れるのが、環境や社会に対して意識の高い国内外の旅人だったとしたら。その人たちにとって、この場所はどんな意味を持てるのか。そう考えたとき、いま動き出すことに迷いはなかった。
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2020年の後半から、ホテルとして3年ほどの時間軸を描き、小さな実践を積み重ねていく。そしてその先に、国際的な環境認証である「Green Key(グリーンキー)」の取得を見据えた。
興味深いのは、認証取得そのものが出発点ではなかったという点だ。
すでに現場では、「ペットボトルを減らしたい」「使い捨てプラスチックを見直したい」「アメニティをもっと良い形にできないか」といった、日々の違和感から生まれた小さな問いが動き始めていた。Green Key認証は、それらの実践を整理し、外にひらいていくための“言語”のような存在だったのかもしれない。
特に欧州を中心とした環境意識の高い旅行者にとっては、「良い取り組みをしている」という感覚だけでは届かない。信頼できる基準や認証があることで、その姿勢は初めて伝わるものになる。
だからこそ、いくつかの認証を比較した上で、海外からの認知度が高いGreen Key認証を選び、目指すことにした。それは単なる認証取得ではなく、「選ばれる理由」を自らの手でつくりにいくプロセスでもあった。
「アートとカルチャーを感じて、次の旅へ向かう」ホテルの思想
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ホテル アンテルーム 那覇を語るとき、欠かせないのが、アートとカルチャーを軸にした空間のあり方だ。
もともとアンテルームというブランドは、京都から始まっている。京都の中心部から少し離れた場所にあるからこそ、「ここに来る理由」を宿そのものの中に生み出す必要があった。その問いに対する一つの答えが、現代アートだった。
那覇でも、その思想は静かに引き継がれている。ここは、ただ泊まるための場所ではない。アートやカルチャーに触れながら、自分の感覚を少しずつひらいていく場所として、存在している。
「アンテルーム」という言葉は、“待合室”を意味する。旅の途中で立ち寄り、ここで何かに出会い、少しだけ視点が変わり、また次の場所へと向かっていく。そんな時間のあり方が、この場所の根底に流れている。
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実際に訪れた人からは、「まるで美術館のようだ」「ここはホテルなのか、それとも別の何かなのか」といった声が多く寄せられているという。入口に足を踏み入れた瞬間の空気、館内で過ごす時間、作品との偶然の出会い。その一つひとつが、滞在の記憶として静かに残っていく。
館内にはギャラリースペースも設けられ、若手作家や沖縄のアーティストたちが表現を発信する場にもなっている。沖縄には表現者が多く存在する一方で、その作品を世に届ける場は決して多くはない。だからこそ、この場所が持つ意味は、単なるホテルの枠を超えていく。
展示期間中は、宿泊客だけでなく、地域の人々がふらりと立ち寄る。コーヒーを飲みに来る人、ランチを楽しむ人、作品を眺める人。それぞれの時間がゆるやかに重なり合い、この場所は観光のためだけの空間ではなく、地域にひらかれた“日常の延長線上の文化拠点”として息づいている。
ハロウィンの時期には、近隣の園児たちが仮装をして訪れ、お菓子を受け取っていく。そんな小さなやり取りも、この場所の風景の一部だ。
旅人と地域、アートと日常。さまざまなものが交わるこの場所は、ただ「泊まる」ための施設ではなく、関係性を育む場として、少しずつその輪郭を深めている。
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環境負荷を減らす。試行錯誤の先に見つけた現実解
サステナビリティの取り組みの中で、大きく見直されてきたものの一つが、アメニティや使い捨てプラスチックである。
目に見える部分でありながら、日々の当たり前として見過ごされがちな小さな存在。その一つひとつに、どんな意味を持たせるのか。そこから、この取り組みは始まっている。
アメニティのバイキング化、ペットボトルの廃止、そして竹製品への切り替え。大きな方向性としてはシンプルに見えるこの3つのアクションも、実際には細やかな選択の積み重ねだった。

とりわけ印象的なのは、竹の歯ブラシや紙製パッケージの歯みがき粉といった、日常の中のほんの小さな道具にまで丁寧に向き合ってきたプロセスだ。
一見すると、素材を変えるだけのシンプルな取り組みに見えるかもしれない。しかしその裏側には、価格、使い心地、安定供給といった現実的な課題が幾重にも重なっている。
たとえば竹歯ブラシは、プラスチック製に比べてコストが高い。けれど、年間の使用本数を見据えながら仕入れ先と対話を重ね、少しずつ条件を整えていくことで、コスト面で無理のない形での導入へとたどり着いた。
歯みがき用品も同様だ。紙状の歯みがき粉といった新しい選択肢にも挑戦したが、使い心地の面で違和感があり、見直すことになった。理想だけでは続かないし、快適さだけでも意味がない。その間を行き来しながら、いまの形にたどり着いている。

環境負荷を減らしたいという思いと、ゲストにとって心地よい体験であること。その両方を大切にしながら、試行錯誤を重ねてきた時間が、そこには確かに流れている。
この取り組みから感じられるのは、サステナビリティを“我慢”として押し付けるのではなく、日常の中に無理なく溶け込ませていくという姿勢だ。
小さな選択の積み重ねが、やがてその場所の価値となっていく。アメニティという身近な存在を通して、そのことが静かに伝わってくる。

認証取得で見えた課題は、設備よりも「組織文化」
Green Key認証取得に向けたプロセスの中で、新たに見えてきた課題もあった。
そのひとつが、洗剤。客室清掃で使われる洗剤についても、環境配慮型であることが求められる。しかし「何をもって環境に配慮していると言えるのか」という基準は、日本ではまだ十分に共有されているとは言い難い。
表示やパッケージだけでは判断しきれない。だからこそ、業者に問い合わせ、情報を調べ、認証の考え方と照らし合わせながら、一つひとつ確かめていく。遠回りのようでいて、その積み重ねこそが、納得のいく選択につながっていった。
けれども、より大きなチャレンジは別のところにあった。それは、取り組みをどう組織の中に根づかせていくか、という問いだった。
メールで一度伝えるだけでは、想いは届かない。だからこそ、栢野さんはスタッフに直接声をかける。引き継ぎ帳に記す。必要であれば掲示する。形を変えながら、何度も、何度も丁寧に伝え続けていったという。
そのとき大切にしていたのは、「やってほしいこと」を伝えることではなく、「なぜそれをやるのか」「それによって何が良くなるのか」をスタッフと共有することだった。
意味が伝わると、人は自然と動き出す。そして時間が経つにつれ、今度はスタッフの側から、「こうした方がもっと環境に良いのでは」「ここに一言添えた方が伝わるのでは」といった声が生まれていった。

ホテル アンテルーム 那覇には、ひとりが一つの役割にとどまらず、それぞれが自分の強みを持ちながら関わる文化がある。
フロントに立ちながら広報を担う人、アートに関わる人、サステナビリティを推進する人。役割が重なり合うことで、視点もまた重なり合っていく。一人一役にとどまらない組織文化が、新たな挑戦にとって大きな力となっている。
だからこそ、誰かの挑戦が、いつの間にかみんなの挑戦になっていく。
サステナビリティが特定の担当者の仕事として閉じることなく、組織全体の文化として育っていく背景には、こうした関係性のあり方が静かに息づいている。
沖縄の観光とサステナビリティ。その先に必要なもの
最後に浮かび上がってきたのは、沖縄という土地でサステナビリティに向き合うことの意味だった。
青く広がる海と、豊かな自然に抱かれたこの場所では、観光が地域の営みを支える大きな柱となっている。一方で、その豊かさを享受するほどに、宿泊施設の増加やエネルギー消費の拡大、使い捨てプラスチックの問題といった課題もまた、静かに積み重なっている。
実際に、那覇市役所の担当部署からは、宿泊施設由来のCO2排出量が思うように下がらないという声も寄せられているという。快適さを届けることを前提とするホテルは、空調や給湯など、多くのエネルギーを必要とする存在でもある。とりわけ沖縄の気候において、その負荷はより大きなものとなる。
だからこそ、認証を取得したホテルとして、自分たちの取り組みをひらいていくことには意味がある。すぐにすべてを変えることはできなくても、「いま、ここでできること」を丁寧に形にし、見える形で伝え、少しずつ広げていく。その積み重ねが、次の変化につながっていく。

インタビューの中では、沖縄においてサステナビリティやSDGsが一時的な“流行”として受け止められてしまう側面や、世代による意識の差についても、率直な言葉が交わされた。
それでも、現場で小さな実践を続ける人がいること、そしてその実践がホテルの価値そのものへと変わっていく可能性があることは、この土地におけるひとつの希望でもある。
ホテル アンテルーム 那覇の取り組みから見えてくるのは、サステナビリティとは何か特別なことを新しく始めることだけではない、ということだ。すでにこの土地にある文化や価値観に耳を澄ませ、それを深め、つなぎ直していく。その営みの中にこそ、本質がある。
アートを通じて地域とつながり、旅人に新しい視点を手渡しながら、環境への配慮を日々の工夫として積み上げていく。その姿勢は、これからの沖縄の観光のあり方を考えるうえで、静かな示唆を与えてくれる。
“選ばれるホテル”を目指してはじまった取り組みは、いま、地域にひらかれた文化の拠点となり、旅の意味そのものを問い直す場所へと、少しずつ育っているのかもしれない。
