観光地では地産地消が語られる一方で、生産者・飲食店・観光事業者が十分につながらず、食の価値が地域全体の循環に結びついていないケースも少なくありません。
こうした課題に対し、ニュージーランド北島ベイ・オブ・プレンティ地方の公式観光局であるDMO、Tourism Bay of Plenty(ツーリズム・ベイ・オブ・プレンティ、以下TBOP)は、農家・シェフ・教育機関・観光事業者を結ぶ食のプラットフォーム「Flavours of Plenty」を立ち上げました。この取り組みは、食文化を軸に地域経済と観光体験を結び直す先進事例として注目を集めています。
本記事では、Flavours of Plentyがどのように生産者・飲食・観光をつなぎ、地域の食を「名産品紹介」で終わらせず、地域全体の価値へと育てているのかを解説します。
なぜ今、「食の循環」が観光地経営に必要なのか?

観光地において「食」は、単なるサービスではなく、環境負荷と地域経済を左右する重要な要素になっています。フードシステム全体は世界の温室効果ガス排出の約3分の1を占め、その中でも輸送に関わるフードマイレージが大きな割合を占めています。[1][2]
観光地が遠方からの食材調達に依存し続ければ、環境負荷は下がらず、地域内にお金が循環しにくい構造も変わりません。こうした背景から、DMOには生産者・飲食・観光をつなぐ「食のエコシステム」のハブとしての役割が求められています。
また、訪問者の多くが現地の食体験を旅の重要な目的としており、食は観光価値そのものを高める要素でもあります。ガストロノミーツーリズムは、食を通じて農業や文化、コミュニティの持続可能性を一体で捉える考え方です。
ニュージーランドのベイ・オブ・プレンティで始まった「Flavours of Plenty」は、この視点を実装した事例のひとつです。環境と経済、文化を同時に循環させる仕組みは、これからの観光地経営に欠かせない視点となっています。[3]
Flavours of Plentyとは?草の根から生まれた食のコレクティブ

Flavours of Plentyは、TBOP(Tourism Bay of Plenty)が中心となり、地元の事業者や教育機関、業界団体が連携して2021年に立ち上げた、地域全体を巻き込んだ食のコレクティブ(共同体)です。[4]
「People(人)・Places(場所)・Produce(生産物)・Plates(料理)」の4つを軸に、地域の食のストーリーを発信し、食のエコシステムの構築を目指しています。
その活動の一環として開催されているFlavours of Plenty FESTIVALは、2022年に16イベントからスタートし、翌年には51のパートナーと5,000人以上を集めるまでに成長。現在では50以上のイベントが展開される、ニュージーランドを代表する食のフェスティバルへと発展しています。
地域の食文化を、地元住民と訪問者の双方に届けるという思想が、この成長を支えています。[5][6]
DMOがつなぐ、異業種連携イベント「Flavours of Plenty FESTIVAL」の仕組み

Flavours of Plentyが開催する「Flavours of Plenty FESTIVAL」の最大の特徴は、従来の縦割り構造を超えた、横断的なコラボレーションの仕組みにあります。
農家・食品加工業者・レストランシェフ・教育機関・観光事業者が一堂に集まり、DMOがそのハブ(結節点)となって繋ぐ設計は、これまでの観光プロモーションにはない発想です。
BtoBマッチングがサプライチェーンの再編につながる
Flavours of Plentyは、活動において地元シェフと地域生産者を直接つなぐBtoBマッチングを重要視しています。
とくに象徴的なのが、同団体が開催する「Flavours of Plenty FESTIVAL」内のプログラム「Plates of Plenty Challenge」です。参加飲食店は、ベイ・オブ・プレンティ産の食材を詰めたチャレンジボックスを受け取り、そのうち最低3品目を使って限定メニューを開発します。
この取り組みのポイントは、フェスティバル期間中の企画にとどまらず、その後の継続的な取引へと発展していく点にあります。実際に、2023年の受賞店舗Alma Eateryでは、地域生産者とのコラボレーションから生まれたメニュー「キノコとトリュフのファゴッティーニ」が、終了後もレギュラーメニューとして定着しました。
シェフにとっては、地元食材の品質や使い勝手を実感できる機会となり、それが新たな仕入れや関係構築の判断材料にもなります。
こうした積み重ねが、地域の食のサプライチェーンを組み替えるきっかけになっています。[7]
教育機関との連携が人材育成と地元定着を支える

「Battle of the Snack」は、地元の若手シェフとベテランシェフがペアを組み、カナッペ作りを競い合う企画です。
Cuisine Magazineと連携して実施されるこのイベントには、調理・ホスピタリティ分野の教育機関であるToi Ohomai Institute of Technologyの卒業生が若手シェフとして参加し、同校のシェフ講師がメンターとして伴走します。
教育機関との連携は、人材育成にとどまらず、人材流出の防止にも効果的です。こうした場があることで、地域で学んだ若者が地元で経験を積み、活躍し続ける流れが生まれます。[8][9]
生産・加工・飲食・観光を横断する連携が新しい価値を生む
Flavours of Plentyに関わるのは、農家やレストランだけではありません。
Zespri(キウイフルーツ)、NZ Avocado(アボカド)、Heilala Vanilla(バニラ)といった地域を代表する食品ブランドに加え、NZ Food Writers Associationやクラフトビール会社のMount Brewing Co.など、多様なプレイヤーが連携しています。
2025年には、フェスティバルのために特別醸造されたシトラス系ペールエール「Sunseeker」も登場し、食と飲料の協働による新たな付加価値が生まれました。DMOが旗振り役となって異業種をつなぐことで、個々の事業者だけでは実現しにくい体験価値を形にしています。[10]
「食の物語」が生む高付加価値化と経済効果

Flavours of Plentyの価値創造の本質は、食材そのものではなく、「誰が、どのように育てたか」という物語を観光体験の中核に置くことにあります。料理に込められた生産者のストーリーが、価格を超える体験価値を生み出す原動力になっています。
「Edible Stories」戦略が地域の食を体験価値に変える
2025年のフェスティバルテーマは「Edible Stories(食べられる物語)」でした。
フェスティバル内で開催される各イベントでは、地域の食文化や生産者の背景、料理に込められた意味を伝えることで、食を単なる消費ではなく、その土地ならではの価値を持つ体験へと変えています。
訪問者は料理を味わうだけでなく、そこに息づく人々の営みや風土、文化まで含めて地域の魅力に触れることができます。
単なる名産品紹介ではなく、土地の背景ごと届ける
ベイ・オブ・プレンティは、キウイフルーツやアボカドの一大産地として知られる地域です。Flavours of Plentyでは、こうした農業の背景や生産のストーリーを観光体験に組み込んでいます。
単に「地元産食材」を打ち出すのではなく、Plates of Plenty Challengeでは、Zespriのキウイや地元のキノコ、トリュフ塩、リモンチェッロなど、生産者の顔が見える食材を活用。食材の背景ごと伝えることで、料理はその土地ならではの価値を持つ体験へと変わります。こうした設計が、食を高付加価値なガストロノミーツーリズムへと引き上げています。[11]
閑散期対策や消費単価向上につながる経済効果が生まれる
Flavours of Plentyは秋(3月後半〜4月)に開催され、夏のピーク後の需要を補うオフシーズン対策として機能しています。2024年には、来訪者による地域の飲食消費額が1億3,200万NZドルを超えました。
フェスティバル自体も、2022年の16イベントから2025年には50以上へと拡大。NZEAでのベスト・ライフスタイル・イベント賞などを受賞し、2024年にはニュージーランド・ツーリズム・アワードの産業連携部門でも評価されています。
経済効果とブランド価値の両面で成果を上げています。[12]
先住民文化とサステナビリティの融合が地域ブランドを強くする

Flavours of Plentyでは、縦断的なコラボレーションの仕組みに加え、先住民マオリの食文化と結びついた体験設計も大きな特徴の一つです。
食を通じて土地との関係性や価値観を伝えることで、他地域にはない独自の魅力が生まれます。こうした文化とサステナビリティの融合が、地域ブランドをより強固なものにしています。
マオリの食文化「Mahinga Kai」との接続
フェスティバルでは、「Kōrero & Kai(語りと食)」といったマオリ文化のダイニング体験が提供され、先住民集会所で開催されています。食を通じて、土地との関係性や文化的背景を伝える場です。
また、TBOPの観光戦略ではマオリの世界観を再生型観光の基盤に位置づけており、マオリ主導の体験やツアーの拡充も進められています。こうした動きは、来訪者への価値提供にとどまらず、地域の若者が地元でキャリアを築く機会にもつながっています。
食と文化を一体で届けることが、地域アイデンティティの強化と持続可能な観光の両立を支える重要な要素になっているといえるでしょう。
ゼロウェイストなど持続可能性プログラムとの連動
TBOPはFlavours of Plentyと並行して、「The Green Room | Te Rūma Kākāriki」という12週間の持続可能性研修を実施しています。プログラム名にマオリ語の「Te Rūma Kākāriki(緑の部屋)」を冠しているのは、自然との調和を重んじるマオリの価値観を、観光やビジネスのあり方にも反映させたいという意図の表れです。
当プログラムでは観光・宿泊・飲食・小売・コミュニティ団体など、135の組織が無料で参加し、ゼロカーボンや再生型の取り組みを推進。TBOP自身もGreen Roomの最初期参加組織の一つとして、自社オフィスでの実践を進めています。[13]
また、TBOPは市議会の「Resource Wise Business Programme」にも参画。ミミズコンポストによる有機廃棄物の循環や使い捨て容器の削減、デジタル名刺の導入といった、オフィスから出るごみの最小化にも取り組んでいます。[14]
マオリの世界観に根ざしたこうした実践が広がることで、食の循環は一過性のイベントにとどまらず、地域の日常的なビジネスオペレーションにまで浸透しつつあります。
住民のシビックプライドと「インターナル・マーケティング」

Flavours of Plentyの取り組みは、住民こそが最も強力な観光アンバサダーになり得ることを示しています。
観光客数が増える一方で、渋滞やインフラへの負荷から、地域には観光に対する複雑な感情もありました。
しかし現在では、住民がガイドやホストの役割を担い、来訪者の約60%が友人や家族のもとに滞在することで特定エリアへの集中が緩和。こうした動きがインフラ負荷の軽減につながり、観光に対する住民の受け止め方にも前向きな変化が生まれています。
地域で来訪者を迎えるレストランやカフェ、タクシー運転手などが、自分たちの言葉で地元の食の魅力を語れるようになると、一人ひとりが観光を支える担い手になっていきます。
住民自身が地域の豊かさを誇りをもって伝えられる状態をつくることこそ、外向きの広告やキャンペーン以上に効果的な「インターナル・マーケティング*」になっているのです。
※インターナル・マーケティング:顧客ではなく、社員やスタッフ、住民など内部に向けて自社(自地域)の価値やビジョンを伝え、理解と共感を高める取り組み
日本のDMO・自治体・事業者への示唆
Flavours of Plentyが示しているのは、「何を売るか」という発想だけで食を捉えないことの重要性です。
名産品を並べるだけでなく、生産者・飲食・観光・住民をつなぐ仕組みとして設計することで、食は地域経済と文化を循環させる力を持ちます。実際にベイ・オブ・プレンティでは、DMOがハブとなり、食をきっかけに新たな関係性と体験価値を育んできました。
日本のDMOや自治体、観光事業者にとって、まず必要なのは大規模な投資ではなく、地域の食を誰とどのようにつなぐかを見直すことです。
生産者とシェフが出会う場をつくる、住民が地元の魅力を語れる状態を育てる、共通ブランドのもとで発信を重ねる。こうした積み重ねが、食の魅力を点ではなく面へと広げます。
地域の食を単なる消費で終わらせず、土地の物語や関係性とともに届けられるかどうかが、これからの観光地経営を左右する重要なポイントになるでしょう。
参考文献
[1] Food systems account for over one-third of global greenhouse gas emissions | UN News
[2] Global food-miles account for nearly 20% of total food-systems emissions | Nature Food
[3] Tourism Bay of Plenty – About Us
[4] Toi Ohomai – New Collective To Elevate Bay Of Plenty’s Food Story
[5] Flavours of Plenty – About
[6] Tourism Bay of Plenty – National Awards 2023
[7] Flavours of Plenty – Plates of Plenty 2026[10] Flavours of Plenty – Top Eateries Win
[8] Flavours of Plenty – Battle of the Snack 2025
[9] Tourism Bay of Plenty – Octopus Snack Wins Chef Battle
[10] SunLive – Flavours of Plenty Festival Expands in 2025
[11] Flavours of Plenty – Top Eateries Win
[12] RTNZ – Tourism Bay of Plenty Case Study
