「分断」から「結び」へ。インフラでつなぐ観光戦略 ─関門エリアが「Green Destinations Top 100」に選ばれた理由─

「隣の自治体と連携が進まない」「観光客が素通りしてしまい、地域にお金が落ちない」。全国の自治体やDMO担当者が抱えるこうしたジレンマに、ひとつの鮮やかな答えを出した地域があります。
世界から高く評価されたのは、豊かな自然保護などではなく、日常の巨大な橋やトンネルを観光資源に変える「インフラツーリズム」でした。長年の行政の壁を越え、分断された2つの都市をひとつの観光圏につなぎ直した画期的なアプローチです。
特別な自然や文化財に頼らなくても、多様な関係者を巻き込み、地域に利益をもたらす仕組みは作れます。
本記事を通して、自地域に眠るインフラを新たな価値に変えるマネジメントのヒントを探ってみましょう。[1][2]
「Green Destinations Top 100」とは?

GD Top 100は、オランダに本部を置く国際非営利団体が毎年実施する、環境や文化を守りながら持続可能な観光を推進する優良地域を選ぶ、国際表彰制度です。エントリーには厳格な国際基準のクリアと優良事例(グッドプラクティス・ストーリー)の提出が必須であり、地域課題に対してどのような新しい解決策を見出したかという「革新性」が世界基準で厳しく審査されます。
過去に選出された釜石市や阿蘇市などの国内地域は、「豊かな自然の保全」や「伝統文化の保存」が主なテーマでした。一方で、関門エリアは“日常の交通インフラ”である巨大な土木構造物を観光資源として再定義し「観光地マネジメント」のカテゴリーで高く評価されています。
さらに、行政区をまたぐ広域連携を実現した点も重要なポイントです。自然や文化だけに頼らず、インフラを「地域をつなぎ直す装置」として活用したこの事例は、これまでの日本にはない新しい切り口です。こうしたアプローチは、世界的にも極めて珍しい試みといえるでしょう。
関門エリアが抱えていた3つの課題

海峡都市としての発展を目指すうえで、関門エリアには大きく3つの課題がありました。その核となるのが、海峡を挟んだ連携の難しさと、それに起因する「日帰り中心型」観光の定着です。さらに、地域にある貴重なインフラが、観光資源として十分に活用しきれていないという側面もありました。
予算と戦略の一本化を阻む「行政の壁」
関門海峡は幅約700メートルの狭い海峡ですが、本州側の下関市と九州側の北九州市という、県境をまたぐ2つの自治体に分かれています。行政区が異なるため、観光戦略や予算だけでなく、管轄する運輸局も別々でした。この「行政の壁」が、長年にわたり共同PRや広域連携の足かせとなっていました。
さらに、関門海峡は過去の歴史において、源平合戦(壇ノ浦の戦い)や幕末の下関戦争など、常に対立する勢力が激突する防衛の最前線となってきました。そうした「海を隔てて対峙する」という歴史的背景から、地域の記憶のなかには無意識の「心理的な境界線」が残されていました。これが目に見えない心理的ハードルとなり、両岸が手を取り合う広域連携を長く難しくしていたと考えられます。
こうした要因から、エリアをひとつの観光圏としてマネジメントすることは、地域の悲願でありながら実現が非常に困難な状況にありました。
観光資源への転換が遅れた「インフラの未活用」
地域内には、日本の土木工学における歴史的な偉業が数多く存在しています。1942年に開通した世界初の海底鉄道トンネルや、1973年に架けられた関門橋などです。しかし、これらは長い間「実用的な移動手段」として認識されるにとどまっていました。
そのため、門司港レトロや唐戸市場といった個別の観光名所には人が集まるものの、地域全体をひとつのストーリーで結ぶ仕組みが不足していました。世界的に見ても希少なインフラがありながら、その魅力が観光資源として十分に引き出せていなかったといえるでしょう。滞在時間を延ばし、エリア内の周遊を促すための「核」となる大きな魅力が求められていたのです。
「日帰り中心型」観光の定着と地域経済における機会損失
多くの観光客は福岡市などを拠点とし、日帰り中心のスタイルが主流だったのです。
しかし、北九州市の資料によると、2つの地域を周遊した観光客の消費額は、単独訪問の場合に比べて約1.4倍になることが分かっています。
つまり、周遊が進まない現状は、地域にとって大きな経済的機会の損失を意味していました。人口減少が進む両市において、観光を通じた地域経済の活性化は、一刻を争う重要なテーマだったのです。観光客の滞在時間を延ばし、地域内で着実に消費を生み出す仕組みづくりが急務となっていました。[3]
突破口となった「インフラツーリズム」という発想転換

長年の課題を解決する鍵となったのは、「インフラツーリズム」という新たな視点です。見過ごされてきた交通インフラを地域の共有財産と捉え直し、異業種が連携することで、分断されていた地域をつなぐ画期的な仕組みを作り上げました。[4]
インフラを「通過点」から「目的地」に変える
関門エリアが見出した解決策は、巨大インフラを「単なる実用施設」から「地域の物語を体験する舞台」へと変えることでした。
この発想の素晴らしい点は、インフラという共通の資産を軸にすることで、行政区の壁で分断されていた2つの都市を「ひとつの観光圏」に再定義できたことにあります。インフラツーリズムが地域の分断を乗り越える装置として機能した点が、世界的な「観光地マネジメント」の文脈で高く評価される要因となりました。
異業種を巻き込んだ前例のない連携体制
具体的な取り組みとして、これまで観光とは無縁だったインフラ管理者と初めて協力体制を築きました。
単なる見学を超えた「地域の探求」へと体験の価値を高めたことこそが、関門エリアが成し遂げた大きなイノベーションといえるでしょう。
世界に評価された2つのポイント

今回のGD Top 100選出において高く評価されたポイントは大きく2つあります。それは「インフラを軸にした広域エリアマネジメント」と、「多様なステークホルダーによる強固な連携体制」です。
インフラを軸にした広域エリアマネジメント
評価された最大の理由は、インフラツーリズムを通じた「広域連携の促進」にあります。
この取り組みにより、関門エリア全体を「ひとつの観光圏」としてまとめるマネジメントに成功したのです。
GDの審査では、課題解決に向けた「革新性」が重視されます。既存の巨大インフラを新たな視点で再定義し、長年の地域課題であった「行政の分断」を乗り越えたアプローチは、世界の観光地にとっても極めて先進的なモデルとして評価されました。
多様なステークホルダーの協力体制
もうひとつの評価ポイントは、行政の枠組みを超えた「多様な関係者の連携」です。活動の中心を担う「海峡都市関門DMO(以下、関門DMO)」は、2020年に民間主導で設立された、専従職員わずか3名を含む計8名の小規模な組織です。[5]
しかし、彼らがハブとなって毎月会議を開き、観光事業者、インフラ管理者、地域住民が一体となる協力体制を作り上げました。2023年には、このボトムアップの動きが後押しとなり、両市長が12年ぶりに会談して広域観光の強化を公式に表明しています。現場の熱意が政策を動かし、持続可能な観光地づくりを推進したプロセスそのものが、世界基準のモデルとして認められたのです。
成果を裏付ける実績
GDの審査では、素晴らしいビジョンだけでなく、それが実際にもたらした成果(客観的なデータ)が厳しく問われます。関門エリアは、バックヤードツアーでの極めて高い満足度や、デジタルフリーパスによる周遊率の大幅な向上など、定量的な実績を提示しました。
満足度100%のバックヤードツアー

インフラツーリズムの具体的な成果として、特別ツアーの成功が挙げられます。
高く評価された背景には、技術の裏側にある物語を、専門家の解説とともに伝えた「知的好奇心を刺激する体験設計」があります。単なる物見遊山に留まらない、学びの深いプログラムが確かな実績を生み出しました。
周遊率84%を実現した「関門周遊フリーパス」」

「日帰り中心型観光からの脱却」という課題に対しても、明確な正確なが示されています。スマートフォンを活用した「関門周遊フリーパス」」を導入したところ、わずか2ヶ月間で1,000人以上が利用しました。
交通の利便性を高める仕組みが、旅行者の行動変容を促し、エリア全体を巡る流れを作り出しました。徒歩や公共交通の利用を促進した点も、環境負荷の低減という文脈で持続可能性への高い評価に繋がっています。[6]
国際基準に到達するまでのロードマップ

関門エリアの挑戦は、2020年の関門DMO設立から本格的にスタートしました。2022年秋には観光庁の支援事業に採択され、持続可能な観光の国際基準(GSTC)に関する研修を受講しています。翌2023年10月には、日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)に基づいた「関門海峡観光振興ビジョン」を策定しました。[7]
このビジョンこそが、今回の申請における重要なロードマップとなっています。国際基準に沿った持続可能な計画を、事前に地域レベルで練り上げていたことが、厳しい審査を通過するための大前提となりました。中長期的な視点で地道な自己分析と改善を重ねてきた姿勢が、大きな実を結んだといえます。
ビジョンが示す「住民ファースト」の考え方
策定された振興ビジョンでは、「住民が誇れる街が、旅行者にとっても魅力的な街である」という考え方が基本に据えられています。観光客を増やすことだけが目的ではありません。クルーズ観光による地域への還元不足や次世代の人材不足といった課題に対し、市民の「シビック・プライド(地域への愛着)」を高めながら解決を図る方針を示しています。
地域の魅力を磨き上げることで、新規ホテル等の進出に伴う雇用創出や所得向上を目指しています。こうした「地域社会への貢献」を第一に考える姿勢が、GDの審査基準と合致し、住民を置き去りにしない持続可能な好循環の設計として、世界に認められたのです。
まとめ
関門エリアが選出された背景には、巨大インフラを観光資源として再定義し、分断されていた行政区を越えて地域をつなぎ直したという、確かな戦略と成果があります。自然や文化の保存を中心とする従来の選出地域とは一線を画す、非常に革新的なアプローチでした。
このインフラツーリズムという手法は、単なる観光商品の枠を超え、エリア全体をひとつの観光圏として再構築するための「仕組み」として高く評価されています。「目立つ自然資源がない」と悩む地域にとって、身近な資産を新しい視点で捉え直すヒントになるのではないでしょうか。世界が認めたこのモデルは、持続可能な観光の可能性を大きく広げてくれるはずです。
参考文献
[1] 関門エリア、世界が認めた持続可能な観光地へ!「Green Destinations TOP100」に初選出
[2] KANMON 2025 Top 100 Good PracticeStory
[3] 北九州市/下関市の関門が 持続可能な観光地として、世界TOP100に選出
